ほんのりまろびね

パワプロクンポケット(パワポケ)の二次創作小説(SS)をぼちぼち書いてます。

鯛焼き問答

(初出:2009年)

 

ショートにまとめるのにハマってた時期。

 

 

 雪白家の豪華なキッチン。
 幾分くたびれたような様子でその戸を開く牧村を、ハーブティーの心地よい香りが出迎えた。続いて、カップにお茶を注いでいた城田から労いの声が飛んでくる。
「おお牧村。ご苦労でしたな。お坊ちゃまは、お休みに?」
「ああ。この様子だと、お嬢様の方が早かったようだな」
「そうですな。泣き疲れて、すぐに寝てしまわれましたからの」
 牧村は淹れたてのお茶を城田から受け取ると、ハーブの匂いで肺を十分に満たしてから一口すすり、ふぅと体全体で息をついた。
「久々に口にしたが、お前のお茶は見事なものだな」
「それはなにより――その様子だと、相当苦戦したようですな」
 どこか嬉しそうな、城田の口調。『苦戦』などというあまり穏やかでない言葉に反し、白髪交じりの太い眉は緩やかな弧を描いていた。微笑むシェフの様子を見て、執事は大きく肩を竦める。
「『助けてくだされ、牧村! 緊急事態ですぞ!』などと、お前から突然連絡があったから何かと思えば……まったく、あまりの剣幕に急いで支度をした私が馬鹿みたいではないか」
 五指をくいくいと動かす、彼の獲物である『糸』を示すその動作。口をすぼめ、悪態をついているのは確かなのだが、牧村もまたあまり不機嫌そうには見えない。
「実際、緊急事態でしたからな。ワタシ一人ではとてもとても、手には負えなかった」
「しかし、珍しいこともあるものだな」
 壁際に鎮座した業務用の大型の冷蔵庫を、正確にはその側面にマグネットで貼り付けてある写真を眺めながら牧村が呟く。
 空っぽになった牧村のカップにお茶を注いだあと、城田も同じように写真に目を向け、皺の刻まれた顔をくしゃくしゃにした。
 有限の四角の中には、まだ年端も行かぬ金髪の男の子と女の子が雪白家の庭で水遊びをする姿が収められている。男の子は楽しそうに口を大きく開きながら笑っており、それより幾分幼い女の子は、それまでカメラに気がつかなかったのかエメラルドの瞳を真ん丸にしたままぽかんと口を開けている。
「普段はあれほど仲の良い兄妹が、喧嘩とは」
「兄妹なら喧嘩のひとつくらいするのが普通ですぞ、牧村」
「まあ、それはそうかもしれないが……一体、何が原因だったんだ」
「ふむ。牧村は、何だと思われますかな」
 思わぬ質問返しに、執事は目を丸くした。
 子供が喧嘩をしそうなこと。いくらでも心当たりはありそうなのに、これというものが思いつかない。二人くらいの年頃なら、年長の子が意地悪をして年下の子が泣き出す、というのはよくある話だ。しかし、雪白家の長男はそれがない。年不相応に妹に優しく、おもちゃは譲るし、お菓子も分け与える。牧村はいつもその様子を微笑ましく見守ると同時に、将来的に規格外の妹煩悩になるような不安に駆られるのであった。
「ううん。わからん」
 早々に白旗を挙げた。
「答えは――これ、ですな」
 城田は自分のカップを置くと、恰幅の良い体を機敏に動かしオーブンから狐色の物体の乗ったトレイを持ってくる。
 牧村は目を何度か瞬くと、それを指差し眉根を寄せた。
「これは……鯛焼き?」
「その通りですな。今日のお茶菓子にと、ワタシが作ったものですぞ」
「うむぅ……まさか、一つしか作らなかったのか? それで、取り合いに」
 こんがりと色付いた鯛焼きの前で、顎に手を置き牧村が唸る。
 しかし、いつもであれば妹に譲りそうなものだが――城田はとんでもないと言わんばかりに首を振った。
「まさか! ワタシはちゃんと二人分作りましたぞ。そうではなく、問題になったのは」
 そこで一旦言葉を区切ると、城田は鯛焼きを掴み牧村の目線の高さまで持っていく。
「牧村なら、どっちから食べますかな」
「――は? どっち、とは?」
 思わず口から素っ頓狂な声が漏れた。城田は白い歯を見せながら続ける。
「ですから、鯛焼きを食べるときですぞ。頭か? 尻尾か?」
「そんなもの、特に考えたことも……まさか」
 はっと息を呑んだ執事に、緩みっぱなしの顔のシェフが頷く。
「そう、お二人は、どちらから召し上がるかで揉めたのですな。晴継お坊ちゃまは頭から、冬子お嬢様は尻尾から」
「う、むぅ……それはまた、なんとも」
 くだらないことで、という喉まで出かかった言葉を飲み込み誤魔化すように苦笑いを浮かべる。
「お嬢様は、『あたまからたべるなんて、たいがかわいそうだわ』と仰られた。それに対しお坊ちゃまは、『どっちから食べても、たいやきはたいやきだ』と」
 料理に取り組むときの巌のように険しい表情からは想像できないほど、まるで実子のことを話すかのように、目を一本の線にする城田の顔は穏やかで慈愛に満ちている。複雑そうな微笑みだった牧村も、つられるように頬の力が抜けていった。
「ふふ……そうか。なるほどな」
「なんとも、子供らしいですな」
「ああ。優しいお嬢様と、しっかりとしたお坊ちゃま……子供らしくも、お二人らしい喧嘩だ」
 それから二人して、再び冷蔵庫の写真を眺める。
「どのようになられるのだろうな、お二人は」
「分かりませんな。ですが、願わくば」
「願わくば?」
「お二人らしく。ありのままの冬子様、晴継様になって欲しいですな」
 そう言うと、城田は鯛焼きを縦に二つに割り、皿に載せて差し出した。
「そうだな」
 牧村は目を瞑り頷き、どちらを食べたものかとふと悩んだ自分に苦笑した。

 

 

 

  

 


「お待たせ、冬子さん。待った?」
「いいえ、わたしも今来たところよ」
 公園のベンチに腰掛けていた金髪の少女へと、黒のロングコートを羽織った八雲陽が白い息を吐きながら駆け寄ってくる。その両手には紙袋に包まれた鯛焼きがそれぞれあり、同じように白い湯気を立てている。嬉しさをたっぷりと滲ませた笑顔で青年を迎えた冬子は、手元の紙袋を見るときょとんとした様子で首を傾げた。
「あら? それは?」
「ああ、鯛焼き。来る途中に屋台があって、マスクつけたおっちゃんが『安くしとくから買ってけ!』って言うからさ。ちょうど寒かったし、どう?」
「そうね、いただくわ。ありがとう」
 差し出された紙袋を手に取り微笑んだ冬子は、そのまま食べようとはせずにじっとそのあまり可愛らしくはない鯛の顔を見つめはじめる。隣で鯛に喰らいつきかけていた陽が、疑問の視線を投げかけた。
「どしたの? ああ、もしかして、食べ方を知らな――」
「そ、そんなわけないでしょう! まったく……ナイフもフォークも使わないで、このまま食べる。これでいいわね?」
「正解です。それじゃ、どうして?」
 冬子は目を伏せると、目蓋の裏に何かが見えるかのようにくすりと小さく笑った。
「昔、これが原因でお兄様と喧嘩をしたことがあるのよ。わたしは小さかったから、城田に聞いた話としてでしか覚えていないのだけど……そのことを思い出したら、なんだか可笑しくなっちゃって」
「へぇ……鯛焼きが原因で?」
「ええ――そうね。陽さんは、尻尾と頭、どっちから食べます?」
「え? そんなの意識したこと無いけど……まあ、頭かな」
「ちょっと待ちなさい、あなた。頭から食べたら――」

 

(Fin.)