ほんのりまろびね

パワプロクンポケット(パワポケ)の二次創作小説(SS)をぼちぼち書いてます。

あなたの願い叶えます

(初出:2009年)

 

シズヤみたいなチートキャラは二次創作で動かしやすくて好き。

 

 


「むぅ、洋平がおらぬと暇じゃのう」
 ナマーズ寮の一室、その雰囲気にまるでそぐわない和服の少女が大あくびを一つ漏らし、潤んだ目で窓の外を見た。今日もいい天気だ。こんな日に洋平と公園でのんびりできたらさぞかし気持ちいいだろうに――さんさんと照る太陽に、シズヤは恨めしげな視線を送った。
 部屋の主こと士賀洋平はビジターのデイゲームに出場中だった。距離はあまり離れておらず日帰りで戻ってくるため、シズヤはこうして暇を持て余しながら留守番中だ。魔人は昨晩遅くまで洋平と腹を割って話し合っていたためか、今もなおランプから出てこないでいる。おそらくぐっすりと眠りこんでいるのだろう。
「ふむ……部屋の掃除でもするかの」
 触らぬ神に祟り無し。洋平が買ってきたゲームを一人でプレーするのにも、ちょうど飽きがきていたところだった。シズヤは両手の拳を軽く握ると、勢いよく立ち上がり着物の袖を捲くった。
 ――が。整理整頓の行き届いた部屋を見回して、シズヤは彼女の主がその手のことにも気が回る男なのだ、とすぐに思い出した。ひとつ溜息を吐き自分の出したゲーム機だけを元あった場所に片付けると、何度口にしたかわからない呟きを漏らした。
「はぁ、早く帰ってこないかのう……ん?」
 ふと、視界の隅、部屋の一角を陣取る机の上の大学ノートに目が留まった。洋平がこの机に座っているところはほとんど見たことがない。ノートの表紙には何も書いていなかったが、使用しているという形跡にページの端が少しめくれていた。今朝の出発は早かったから、恐らく彼が片づけ忘れていったのだろう。
 見てみたい――いや、洋平の留守中にそんなことをしてはいけない。シズヤの平坦な胸の内で二つの思いが葛藤し始めていた。が、その決着はいとも容易くついてしまったらしく、シズヤは自分の身長では地面に足のつかない椅子に飛び乗るように座り込んだ。
「ちょっとだけだからの、ちょっと見るだけ……」
 きょろきょろと周りを見回した後、誰かに言い訳するかのように呟きながらページを開く。罫線を完全に無視している大きく雑な字が、真っ先にシズヤの眼中に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 20XX年 3月X日

 ナマーズに入団して一年が過ぎた。プロとしての、また奇妙な同居人二人との生活にもそろそろ余裕ができてきた頃だ。そこで、今日からこのノートに日々の出来事を記していこうと思う。俺が狩村さんほどの歳になったとき、あんなこともあったなあ――と懐かしい思いに浸ることができれば本望だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずいぶん重い語り口じゃのう……」
 普段の彼からは想像できないような生真面目な文面に、知らず、ほぅっと溜息が漏れた。だがこの前書きの通りであるとすれば、内容には自分のことも書いてあるのではないだろうか。
 胸に手を当てると、心臓が高鳴っているのがよくわかる。シズヤは瞑想でもするかのように目を瞑り、小さな深呼吸を繰り返した。そして無意味に着物の裾が乱れていないか確認したあと、慎重にページを捲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 4月1X日

 新しいシーズンが始まった。開幕一軍の夢は叶わず、俺はファームで汗水を流す毎日を送っている。
 試合にはシズヤも応援に来てくれ、観客の少ない二軍の試合にも関わらず、俺の打席だけは黄色い声援が飛んでくる。とてもありがたい――そう、ありがたいのだが。
 打席に立つ前には「おぬしの大きいのを私に見せてくれ」、
 ひとつ素振りをしたあとは「むぅ、すごいのう……一発でイッてしまいそうじゃのう」などと、
 少しばかり発言に不穏なものが目立つのが気になる。
 また、緊迫した場面になると、一球ごとに悩ましげな吐息を耳元で漏らすのも非常に心を揺さぶられる。
 もはや確信犯のような気がしなくもないが、確認するのもどこか後ろめたい。

 二人の背後霊のおかげで、今日もこの悶々とした気分を処理することはできそうにない。
 男はつらい――つらいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは……?」
 日記から目を離すと、まったく予想していなかった告白にパチパチと何度か目を瞬く。
 シズヤ自身は、洋平への声援は純粋な気持ちからくるものであり、彼が試合中に感じていた性的なニュアンスを含めているつもりはさらさらなかったのだ。
 シズヤは細い腕を組み、しばらく黙って何かを考えていたが、
「これも魔人の影響かのう。つらくても頑張るのだぞ、洋平っ」
 と一人でガッツポーズを作るとページを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 6月2X日

 梅雨が例年より早く開け、蒸し暑い日々が続いている。
 部屋のクーラーが壊れたために魔人が機嫌を損ね、今週だけで4回も捻挫の刑に処されてしまった。毎回治してくれるシズヤの生命力が非常に気になる。
 そのシズヤもここ数日の暑さには参っているようだ。目を覚ますと、シズヤが床で寝そべっているのをよく見かける。不思議な話だが、ツボの中も蒸すらしい。
 そんなわけで、俺の朝は床で寝ているシズヤを起こすことから始まる。が、ここでも問題があるのだ。
 まず、シズヤは大体の場合着物がはだけている。酷いときは肩が丸出しになっていることもある。寝相が悪いのか、帯を緩めているためか――ともかく、朝から目のやり場に困る。
 そして、起こすとき俺は軽く体を揺するのだが、そのときにシズヤは寝言をごぼすのだ。
 曰く、「もっと……もっと、欲しいのう」だの「あん、もうそれ以上は入らないぞ……」だの。
 恐らく食べ物の夢でも見ているのであろうが、どうであるにしても何か他意の存在を疑わざるを得ない。

 当然朝からお盛んな気分を処理する時間など存在しないため、俺は朝から悶々としたままトレーニングに臨まなければならない。
 男はつらい――つらすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「そうだったのか、洋平……」
 練習や試合が終わったあと、くたくたになった彼が部屋に入っていつも真っ先に倒れこむベッドを眺めながら、シズヤはしみじみとした口調でその名を呼んだ。
 前述の日記でも記されているように、彼が一人になれる時間はほとんど存在しない。期間のある遠征には漏れなくシズヤがついてくる。トイレにいるときでさえも、少しでも長くかかろうものなら彼女がやってきて「大丈夫か? 私の術でそなたを助けることはできないか?」と訊ねてくる始末である。少し好感度を上げすぎたのかもしれない。
 ただでさえ異常な生活の中で、一人になる機会すら得られない――彼の気苦労はとても計り知れるものではない。
「毎日私のそんな姿を見ていたとは、言ってくれればよかったものの……恥ずかしいではないかっ」
 シズヤは頬を朱色に染めながら襟を整えた。
 そう、計り知れるものではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9月X日

 シーズンも終わりが近い。チームはクライマックスシリーズ進出を目指しているが、それすらも危ういというのが正直なところだ。ただこのところ、狩村さんの引退した年を立派な成績で終わらせてやろうという風潮が高まり、チーム全体の士気も上がっているようだ。
 それを象徴するかのように、今日の食堂は朝早くから大入り満員だった。
 普段は魔人と会話するところやシズヤのつまみ食いなどを他人に見られないようにするために、なるべく人のいないうちに食堂に行っていたので、これには少し困ってしまった。
 入り口できょろきょろしていたところ、奥から具田君や柿本君の声が聞こえた。どうやら俺の為に席をひとつ確保してくれたらしい。俺はみんなに感謝しつつステーキの皿を持って席についた。
「むぅ、私の席はないようじゃのう。ならば、今日は特等席にするかの」
 シズヤの喜色を含んだ呟きが聞こえたのはそのときだった。
 特等席とは、結果から言えばそれは俺の膝の上だった。
 柔らかい尻が俺の下半身に密着する――その威力は言葉では語り尽くせない。
「どうしたのだ洋平、おぬしが食べないなら私が食べてしまうぞ」
 シズヤが無邪気に問いかけながら体を上下に揺らす。俺は鬼鮫コーチとのラストトレーニングを頭の中に蘇らせながら、必死にマイサンが反応するのを回避していた。
 様子が急変した俺を見て柿本君が何か訊ねてきたが、何と答えたかはよく覚えていない。ステーキの味もだ。口の中に残ったマヨネーズの風味が全てを物語っている。

 食後少ししてから柿本君に練習に誘われたため、悶々とした気分は処理されないまま俺の中に残り続けている。
 男はつらい――どうしてこんなにつらいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 10月X日

 一週間ほど前の雨の日から、ぐっと冷え込みが厳しくなった。
 いつの間にか暖房も壊れていたらしく、魔人の機嫌が非常に悪い。ここ4日で俺の野球道具は全て悪いものにされてしまった。体が無事なので今回の被害は軽い方だろう。我ながら悲しいほどにポジティブだ。
 どうにもツボというものは住みにくい環境のようで、またもやシズヤはツボでは寝ていない。
 震えながら「今日は寒いのう……」などとフラグっぽいことを呟き始めたので、俺は布団の半分をシズヤに貸すことにしている。厚着もできない身というのはなんとも不憫だ。
 真っ暗な部屋の中で「もっと……そっちに寄ってもいいか?」や「そなたの体は見た目よりゴツゴツしているのだな……」や「こっちを向いてはくれないのか? むぅ、寂しいのう……」などという声が響く夜が続いている。
 背中に柔らかい何かが触れるたび、脳が一瞬スパークして何も考えられなくなることを除けば平和な夜だ。
 なんとしてでも『その場のあやまち』だけは避けなければならない。俺が悟りを開く日も近い。

 あと一年、あと一年でこの苦行のような生活も終わる。
 俺はつらくない、つらくなんてないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 つい先日のその書記以降は白紙のままだった。シズヤはノートを閉じると、裏返し表紙をじっと見つめはじめた。
 表紙には何も書かれていない。だが、ところどころに泥や汗の滲んだ跡が見受けられる。こうして眺めていると、まるで洋平の懊悩が伝わってくるようだ――シズヤはノートをそっと胸に抱いた。
「洋平。そなたの悩みは、私が必ず解決してみせるからの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、遅くなっちゃったな……シズヤと魔人、怒ってるかな」
 寮の廊下を駆け足気味に急ぐ。チームメイトたちと軽く飲みに行っていた士賀洋平は、そのお土産と思われるパイの袋をぶら下げながらひとりごちた。
 部屋のキーを開けライトをつける。軽く肩で息をしながら、洋平は部屋の真ん中で仰々しく正座をするシズヤを発見し口をぽかんと開いた。やっぱり怒ってるのか――口元で笑みを作りつつ、片手をあげた。
「た……ただいま!」
「うむ、待っていたぞ」
 返事の調子は穏やかなものだった。怒っているわけではないようだ。洋平はほっと胸を撫で下ろすと、片手に持っていた袋を掲げて見せた。
「ちょっと遅くなっちゃったからさ。お土産のパイ、食わないか?」
「本当か!? ――ぁ、いや、そうではなくてだな」
 一瞬、ぱぁっと目を輝かせたシズヤだったが、小さく咳払いをすると居住まいを正した。
 何があったのだろうか、と首を捻る洋平の目に、机の上に出しっぱなしになっていた自身の日記が飛び込んできた。
「あ、もしかしてそれ……見ちゃった?」
「う、うむ……すまない」
「いや、いいって。出しっぱなしにしてた俺も悪いんだしさ」
 首を垂れるシズヤを慰めつつ、洋平はノートを手に取った。見られたとしたら、ちょっと気まずいな――頭をバリバリと掻き毟った。
「いや、私はそのノートを見るまで、そなたがそんなに苦しんでいるとは夢にも思わなかった。それにも関わらず、数々のわがままを言ってきた非礼……本当にすまなかった、洋平」
「わがままだなんて、そんな。シズヤには本当に助けてもらってるし」
「それだけでは私の気が済まぬ。そなたの苦しみ、微力ながら、私が取り除いてみせよう」
「え」
 洋平が目を丸くしながら振り返ると、緊張した面持ちのシズヤが袖を捲っている姿が見えた。小枝のような華奢な腕と、僅かに垣間見える腋に、ごくりと生唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
「ま、待てよシズヤ! そんな、突然――」
「突然かもしれないが、これもそなたのため。大丈夫じゃ、全部私に任せてくれ」
「でも、そんなことしたら伏字だらけに――」
「何を言っておるのじゃ? さ、そろそろ始めるぞ……」
 シズヤがゆっくりと歩み寄ってくる。このまま受け入れてしまいたいという本能に正直な情欲と、そんな責任を負わせるべきではないという理性と、全部任せろってシズヤは意外とテクニシャンなんだなぁという間の抜けた考えが、頭の中でごちゃごちゃになっていた。そうする間に、シズヤはもう目の前に迫ってきている。
 逃げ場はない。洋平は覚悟を決め目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅぅ……はっ!」
 可愛らしい気合の声が部屋一杯に響く。不審に思いつつも、少しだけ下半身のあたりが温かくなるのを感じた。
「ふぅ。成功したぞ、洋平」
 続けて、誇らしげなシズヤの声。は、と洋平は思わず呟いた。
「も、もう終わり? その……何したの?」
「うむ、私の術でそなたの中に住まう色魔を退治してやったのだ。どうじゃ、気分も晴れやかであろう?」
 胸を反らしながらの解説を終えると、シズヤはそそくさと彼が買ってきたパイを開封しはじめた。
 たしかに言われた通り、ここ数ヶ月の間ずっと悩まされてきたあの悶々とした気分はどこかに消散してしまっている。美味しそうにパイを頬張るシズヤを見てもムラムラしてくるということはない。その代わりに、なんともやるせない靄のような気分だけが胸の中に残っていた。
「んぐんぐ……これは美味しいのう、洋平!」
「ああ……そうだね」
 そう言ってベッドに突っ伏した。妙な倦怠感が体を包んでいた――それだけがリアルだな、と思い洋平は泣いた。

 

 

 

(Fin.)