ほんのりまろびね

パワプロクンポケット(パワポケ)の二次創作小説(SS)をぼちぼち書いてます。

少女と悪鬼と雪合戦

(初出:2008年)

 

ほのぼのギャグ。アカネよりリンの方が主役な気もしなくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 視界に大写しになる緑のアホ毛
 どうやらまだ寝惚けているらしいと、八雲陽は布団を被りなおした。
「無視ですっ! 陽さんが二度寝です! ニートで引き篭もり街道まっしぐらで親の脛丸齧りです! でもそんな陽さんでもアカネはラビューですっ!」
「いや……アカネ、全く意味分からないから。夢の中でくらい、静かにしててくれ」
「夢じゃないです! 陽さんには現実を見てもらわなくてはいけません!」
 視界を覆っていた布団ががばっと引き剥がされ、四肢が冷気に晒される。陽は少女の手から布団を奪い返すと、亀のようにその中に潜り込んだ。布団の向こうから、不満の意を表す茜の声がくぐもって聞こえる。
「む~。陽さん、可愛い妹よりも睡眠をとりますか」
 その台詞を軽く無視すると、布団の中で冷えてしまった足を擦り合わせた。ありふれた冬の朝、安普請である寮の空気は冷え切り、一瞬で男の体温を奪う。ベッドの上で布団を被りながらゴソゴソと動くさまは亀のダンスのようでなかなかシュールだ、と少女は思ったが口にはしない。
「うう、このアホ毛娘め。俺が凍死したらどうする気だ」
「大丈夫よ八雲君、人間はこの程度じゃ凍死しないわ」
 返ってきた返事は、茜のそれではなかった。
 陽が布団から少しだけ顔を出すと、見ただけで背筋の凍るような笑顔をしたリンと目が合う。
「よ、よぉリン。今日も美人だな?」
「ありがとう。あなたは相変わらず甲斐性の無さそうな顔ね」
「酷い言いようだな、朝から。それで何の用だ、珍しいじゃないか」
「私はただの付き添いよ。それよりも八雲君、話があるんだけど」
「な、なんでしょーか……」
 隠していた銃に手を伸ばそうとしたのは罪ではないはずだ――陽は上ずった声をあげながら密かに思った。。
「さっきは、よくも私のアカネを邪険にしてくれたわね」
「『私の』って……と、いうかそれは誤解だ。あれは兄と妹の仲睦まじきスキンシップっていうか」
「問答無用よ、八雲君」
 リンの拳が振り上げられる様を下からの映像でダイナミックに鑑賞しながら、陽はリンが怒った時に出てくるオーラの科学的論証について考えをめぐらした。当然答えは出なかったが。
 そして、悩める寝起き男の脳天に、リンの拳がジャストミート。
 闇へと逆戻りする意識の中、陽が最後に見たものは。
 見たことも無いような晴れ晴れとした笑顔で自らの拳を眺めるリンの姿だった。
 ――お前もしかして……Sの血に目覚めてしまったのか。
 ブラックアウト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」
「八雲君。地の文に見せかけて、全く改変しないノーベル文学みたいな事を言うのは止めて頂戴」
 男が身を起こす。そこは自分の寝ていた寮ではなく、茜との待ち合わせに使う公園だった。その公園も今日はその姿をすっかり変え、真っ白な雪化粧を纏っている。道理で寒いわけだ、と体を手で擦り合わせた。
 雪と戯れていた少女が、陽の覚醒に気が付いたのか、飛ぶように近くに寄ってくる。
「目が覚めましたか、陽さん」
「ああ、こうも寒くちゃ寝られないしな……やっとお前の目的が分かったよ」
 随分長い事寝ていたのか、茜の隣には既に大きな雪だるまが一つ完成していた。詰まる所、雪で遊ぶ為にわざわざ寮まで迎えに来たという事だった。陽は肩をすくめると、雪に指を通す。手袋のお陰で冷たさは感じず、煌く結晶を観察することができた。
「――って、ちょっと待てよ」
 全身を見下ろすと、クローゼットにしまっていたはずのコートをしっかり纏っているのみならず、防寒用の裏起毛パンツまではいている。足元も防水滑り止め付きのブーツで、耐雪という観点では完全武装だ。
「な、なんですか? 陽さん」
 少女は明らかにたじろでいた。特にアホ毛の辺りが、ぴょこぴょこと忙しなく犬の尻尾のように揺れている。
「俺、寝るときは寝間着を着るようにしてるんだ」
「あら八雲君、アカネだってそうよ」
「別に俺は、寝間着の世間における普及率について話したいわけじゃない。問題は、どうして俺がすっかり着替え終わって、挙句の果てに防寒対策バッチリなのかだ」
 茜をジト目で見る。少女は罰の悪そうに顔を伏せた後、その頬を赤く染めた。リンが陽の肩を叩く。
「八雲君……まだまだね」
「何がだよっ! ていうか寒いからだよ!」
「大丈夫です、アカネはそんな陽さんでも大好きですから!」
「うるさい、ちっとも嬉しくないわーっ!」
 天を仰ぎ、人々の愚かさを嘆く。彼の頬に涙の筋が一つ光った。
 哀愁漂う義兄を見かねたのか、アカネはせっせと雪玉を作り始めるとリンに目配せした。リンは仕方が無いといった様子で溜息を吐くと、一緒に雪玉をこね始める。形のいい雪玉を作った二人で笑いあうと、アカネは前から、リンは後ろからそっと陽に忍び寄った。
「陽さん」
「――ん? って、ぶはっ! つ、冷たっ!」
 視線を蒼穹からアホ毛に戻した瞬間に、顔が雪塗れになった。ついでにリンは背中に雪玉を入れていた。
「突然何をする! というか背中に入れるな、冷たいな!」
「陽さん、こんなところでボーっとしてたら雪に失礼です!」
「そうよ。私たちは、あなたの着せ替えをするために出てきたんじゃないんだから」
 陽は観念したのか頭を掻くと、しゃがみこみ乱雑に雪を集め、固めずに茜に放った。雪の塊が崩れながら放物線を描き、少女の顔を掠める。慌てて避ける茜の様子に笑いながら立ち上がり、その頭を撫でた。
「分かったよ。今日は一日、アカネと雪遊びだ」
「やったです! それではまずは腕が千切れ飛ぶまで雪合戦しましょう! そして最終的には冷えた体を温めあうイベント発生です!」
「そんなものは存在しないが……とりあえず、かかって来いアカネ!」
 二人は雪をかき集め、球状にしてゆく。来いと言ったものの、プロ野球選手である陽が本気になれば一瞬で茜は雪だるまとなるので本気は出さない――つもりだった。
 背後から迫る何かを感じ、確認する前にサイドステップでかわす。刹那、自分のいた位置を剛速球が通り抜けてゆく。雪玉(?)は街路樹に当たると、パカンという小気味のいい音と共に割れ、葉に積もっていた雪を残らず落とした。陽の背筋に、寒さとは違うところから来る寒気が走る。振り返るとそこには勿論、謎のオーラを醸し出す悪鬼の姿があった。
「チョット待て。リン、そんな玉がアカネに当たったら死んでしまうぞ」
「何を言っているの八雲君。私がアカネを狙うわけ無いでしょ?」
「ああ、やっぱりそういうオチかっ」
 言うや否や、リンが雪を一掴みする。臨戦体制をとるも、リンは雪玉を持ったまま動かない――と、思った瞬間。
 文字通り、瞬きの間にリンの腕から雪玉が消えてなくなっていた。慌てて身を屈めると、湯田の最高球速は軽く凌駕しているであろう雪玉が唸りを上げて飛んでいった。
「ノーモーションなんてありかよ、オイ!」
「CCRなら避けれて当然でしょ。楽しませてよね、八雲君」
 反撃に出る為に雪を集めようとするが、茜の投球モーションが視界に入りやむなく立ち上がり走る。一時たりとも休む暇は無かった。とりあえず、茜を懐柔しようと声を張り上げる。
「アカネ、俺の味方をしてくれ! あとでメシ、驕ってやるから!」
「本当ですか!? 分かりました。不肖アカネ、喜んで陽さんの助太刀を――」
 言いかけて、茜の耳元を轟音と共に何かが通り過ぎた。固まった茜は、引き攣った表情のまま投げようとしていた雪玉をぽろりと落とした。
 悪鬼の声が、黙りこくる二人の耳に届く。
「アカネ? 私を敵に回すとどうなるか――分かってるわね?」
「ど、どうなるんだよ……ていうか、アカネは狙わないんじゃないのか」
 茜の表情がどんどん真っ青になっていく様が、滑稽を通り越して恐ろしい。ガクガクと震えだしながら「ナスは……ナスだけは……」と呟く様はまるで薬をキメちゃっている人だ。ていうかナスって何だ、と陽は心の中で叫ぶ。世の中、触れてはならない事の方が多いようだ。
「というわけで八雲君、大人しくやられて頂戴」
「ゴメンナサイ陽さん、せめてアカネが臨終の床で看取ってあげます」
「死亡確定かよ! くそ、簡単にやられてたまるか!」
 本気モードとばかりに、手首を振るう。体を斜にし片手で雪を掬い上げると、もう片方の手で固め、手首の力だけで投擲。リンはそれを半身をずらしてかわすと、再び無動作で雪玉を放る。それをすんでのところで避けると、今度は全身を使った全力の球をバックホームの要領で投げる。ホッパーズでも一二を争う強肩の球が、リンの顔面目掛けて飛ぶ。だが、リンが余裕の笑顔を見せた瞬間、陽の放った雪玉は空中で破裂した。
「く、俺の剛速球を空中で撃ち落すとは……リン、野球選手にならないか?」
「遠慮するわ八雲君。それにしても、あの程度で強肩とは笑わせてくれるじゃない」
「ノーモーションで投げられるお前が異常なだけだ! 雪合戦のプロか、お前は!」
 余談であるが実際に雪合戦はプロ――というか普及委員会などが存在するらしい。大会もあり、今や雪合戦は世界レベルで流行っているウインタースポーツだとか。勿論、この話とは何の関係も無い。
 リンは不敵に笑うと、チッチッチと人差し指を振る。
「アラスカでは『雪女』の異名で恐れられたものよ。私に勝てるかしら?」
「アラスカで何をしてたんだよ、お前は……まぁいいさ。俺だって球技のプロだ。かかって来いよリン、腐れ縁に終止符を打ってやる!」
「言ったわね。吠え面かかせてあげるわ、八雲君!」
 こうしてまた茜には肉眼で捕捉出来ない戦いが火蓋を切ろうとしていた。じりじりと距離をとる二人を見ながら、茜は「これは本当に雪合戦なのでしょうか?」とツッコミを入れたい気持ちを何とか抑えこんだ。
 陽がリンを注視したまま、茜に声をかける。
「アカネ、そういうわけでこれは因縁の対決なんだ。悪いが、危ないから影で見ていてくれ」
「は、はいです」
「すまないな、本当はお前と遊ぶはずだったのに」
「いえ! アカネはお二人の勝負を見ているだけでも楽しいですから!」
 本音を言えばこんな戦いに巻き込まれたくないだけなのだが、決して口にはしない。
「アカネ――ありがとう。この戦いが終わったら、お前と雪合戦をしよう。約束する」
「ああ陽さん、そういう死亡フラグ的なことを言うと――」
 茜の言葉が終わらぬうちに、戦いは始まった。陽はそのずば抜けた強肩を生かし、手首のスナップとの複合でショートパンチの如く球の雨を降らしてゆく。対してリンは、冷静にそれらを全て一歩だけ動いて避けると、ノーモーションとは信じ難い剛球を狙い済まされたコントロールで陽の顔目掛けて飛ばす。
「まるで、マシンガンと狙撃銃の闘いです……」
 一見、両者の実力は肉迫しているかのように思えた。
「どうしてでしょう。マシンガンが勝てるビジョンが、まったく浮かびません……」
 せめて陽が再起不能にならないようにと、茜は天に祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 飛ぶ、走る、屈む、回る。自分の出来るありとあらゆるアクションを駆使し、一撃必殺の玉をかわす。気分的にはサイボーグとの戦闘となんら変わりは無かった。
 ――つーか、サイボーグとの戦いよりよっぽど怖いだろ、これ。
 本気で目の前にいる女の職を疑いたくなる。天職を探すべきだと思った。
 その時、陽の頬を掠めた一球が木に当たり、ぱき、という嫌な音を立てた。振り返ると、雪玉の当たった部分が抉れている。
「おいおい、どう考えてもこれは雪玉じゃねえだろ」
「何言ってるのよ、雪玉に決まってるじゃない――石入りだけど」
「待て、今なんて言った? 石を入れるのは卑怯だろ!」
「聞き間違えよ八雲君。それにあなたは男なんだから、少しくらいハンデがあってもいいでしょ」
「むしろ俺によこせよ……」
 分の悪い戦い。このままではスタミナ消費の激しい陽が先に折れることは目に見えていた。
 ――何か、策を講じないと……死ぬ!
 陽の脳裏に、雪玉を食らって死ぬ自分の姿が浮かぶ。やけにリアルに再現できて哀しかった。
 少しの間思案を巡らす。この時も、一瞬たりとも腕を休めることは出来ない。攻撃の手を止めた瞬間、リンの狙撃銃がバルカンになるのは目に見えていた。なんとも的を射ている例えなのが悲しい。
「――よし、少々危険だがこの策でいくか」
 策を決めると、陽は走るスピードを高めた。リンに攻撃を仕掛けながら、少しずつ周りを回るように位置を移動してゆく。途中、木に一瞬隠れるとすぐに姿を現し、反撃を続行する。ちょうど一周した辺りで、ついにスタミナの切れ始めた陽の額を剛球が霞めた。
 額から赤い血が薄らと流れるのを確認して、これもうほとんど石だよね? と問いたくなるのを必死に堪えた。リンの不敵な笑みを、正面から見据える。
「ここまでね、八雲君。動いた時は何か策があるのかと思ったけど、見当違いだったかしら」
 だが今度は、陽が笑う番だった。
「甘いぜ――お楽しみは、これからだ!」
 裂帛の気合を吐き、陽はリンに向かって猛進する。リンの驚き見開かれた双眸を確認し、ほくそ笑む。
「舐めないで頂戴。飛んで火にいる夏の虫、よ」
 ノーモーションの剛球が、眉間に向けて打ち出される。かわせるスピードではない。死の瞬間を見まいと、茜が咄嗟に目を背ける。だが、陽は口の端を吊り上げると拳で剛球を叩き落した。
「な、なんですって? 拳で、私の弾を?」
「そこは玉って言ってくれよ……お前が狙ってくるのは、勝負を決められる脳天だって分かってたからな。あとはバッティングと同じ要領だ!!」
 バッティングと違い妙に拳が痛いのは涙を呑んで黙殺した。
 リンのすました相好が、歪む。これを好機と見た陽は、ここぞとばかりに何処かに溜め込んでいた雪玉を両手で投げた。撃ち落すことができないと判断したリンが、大きく後ろに下がると同時に、足が糸のようなものに触れるのを感じた。直後、雪の塊が木から振ってくる。大きく身を反らし、それをかわした。
「かかったなリン。それこそが俺の策、半径20メートル雪玉だ!」
「ど、どういうこと?」
「お前の半径20メートルにピアノ線で結界を作った! 少しでも触れれば、近くにある木から雪が降ってくるように仕組んである!」
 そんなことは不可能だろうと茜は突っ込みたかったが、真剣な勝負なので口を挟まないことにした。
 陽の表情は疲労が混じりながらも、勝ち誇ったような笑みへと変化している。
「さ、降参しろリン。俺はお前に雪玉を当てたくなんか無いからな」
「そう、優しいのね。八雲君」
 陽の耳が、リンの呟きを捉えた瞬間。
 大神の剛速球を思わせる雪玉(+α)が、眉間へとクリーンヒットした。
「よ、陽さん!」
「甘いわ八雲君、動かなくても攻撃なんて出来るのよ」
 薄れゆく意識の中、リンの笑い声がやけに大きく聞こえた。
 本日二回目の、ブラックアウト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、て、天国!?」
 陽が身を起こすと、そこは公園からどこかの家の中へと場所を移していた。今度は服は変わっていないことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「現世ですよ、陽さん。やっと目覚めてくれました」
「あの一撃を食らって生きているとは……奇跡ね」
「そんな一撃を屠るな。まったく、目賀と金井が三途の川の向こうで手を振ってたぜ……」
 臨死体験済みだった。さらに相手は何故かサイボーグしかいなかった。少し悲しい。
「――で、ここは何処なんだ。俺の寮じゃ無いし、リンの家でもないだろ?」
「ここはアカネハウス12号です! いい素材が沢山あったので即興で作ってみました!」
「へー、流石だなアカネ。未だにサバイバル能力は健在、ってわけか」
 頭を撫でると、茜はくすぐったそうに目を細めた。改めて室内を物色する。しっかりと天井も塗装され、扉や窓もあり、暖炉まで作られている。良く出来たものだ、と壁に手を付いた瞬間、射すような冷たさが皮膚に走った。冷や汗が、頬を伝う。
「なあ、アカネさん?」
「はい、なんですか?」
「これ、まさか……雪? かまくら?」
「ご名答です!」
 びしっと親指を突き出す少女の前に、陽は天を仰ぐほか何も出来なかった。
「だって、色塗られてますよ?」
「こう見えてもアカネは、美術の成績はトップなんです」
「暖炉があるんだが。火ぃ付いてるし」
「細かいことは気にしちゃダメです」
 少年の頃から信じてきた世間の常識を細かいこと扱いされ軽く凹んだ陽は、すっかりツッコミを入れる気力をなくし、全てを受け入れることにした。信じるものは救われる。
 窓から仰ぎ見た空は、すっかり暗くなってきていた。二度目の気絶は、予想以上に長いものだったらしい。寂しげに塞ぎ込む灰色の空が、一面に広がっていた。
 ――結局、アカネとはあんまり遊んでやれなかったな。
 胸がちくりと、痛んだ。兄失格に思えた。かけてやる言葉も思いつかず、悲しそうに空を眺めることしか出来なかった。リンもそれを察してか、罰の悪そうに顔を伏せている。
 そんな二人の様子を察してか、茜は朗らかに笑い陽の手を取った。冷え切った手を、小さな温もりが包む。
「アカネ――」
「いいんですよ、陽さん。アカネは十分、楽しかったですから」
「でも、お前とは何一つ」
「――私の幸せは、陽お兄ちゃんとリン姉さんの幸せです。今日、お二人が楽しそうに雪合戦をするところを見ていたら、アカネの心もすっかり暖まりました。これも、幸せな、雪の思い出です」
 思い出を胸にしまいこむように、少女が目を閉じる。自分の心も満たされていくのを、陽は感じていた。リンも静かに、小さな幸せの欠片を微笑んで見つめていた。
「それに、思い出は――まだ作れるです」
 茜が双眸を開け、窓の外を見る。つられるように見遣うと、灰色の空から白い結晶がゆらゆらと降り始めていた。
「ああ――明日も遊ぶか? アカネ」
「はい! リンお姉さんと一緒に、三人で遊びたいです!」
「そうだな……明日こそは、アカネと目一杯遊ぼう」
「楽しみです♪」
 そう考えると、灰色の空の様子もまた違って見えた。白い妖精たちが降り積もるのが、待ち遠しくも感じられる。自然と、笑顔になった。
 ぐぅ、と茜の腹の音がかまくらの中に響く。頬を真っ赤に染める茜に、瞬時に吹き出した陽につられ、リンも笑い出す。茜も恥じらいながら笑うのを見ながら、これが幸せの一ピースなのだ、と実感した。
「よし、じゃあ何か食べに行くか! 寒いし、暖かいものがいいよな」
「はい! でも三人で食べるご飯は、きっとカキ氷でもぽかぽかですっ!」
「いや、そんなカキ氷は存在しないから。そうだな――リン、何か食べたいものはあるか?」
「私は何でもいいわ。八雲君の奢りだし、ね」
「やれやれ……ま、別にいいけどな。とりあえず、繁華街で適当に見繕うか?」
「ではでは、レッツゴーです!」
 腕に絡み付いてくる、太陽のように笑う少女を見ながら、彼女の新しい思い出の一ページが出来たことを、陽は素直に喜んだ。
 空を見上げる。灰色の雲が、白い妖精を生み出し続けている。
 ――明日も、寒い朝なんだろうなぁ。
 今日と同じように、幸せな日々が続くことを願って、陽は静かに笑った。