ほんのりまろびね

パワプロクンポケット(パワポケ)の二次創作小説(SS)をぼちぼち書いてます。

ひとりごとにご用心

10年ぶりの完全新作SSは13です!

13はとにかく空気感がいいよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、大和。練習行こうぜえ」

 校長兼用務員の喜沢が放課後を告げる鐘を鳴らす。その音が聞こえるや否や、数学教師が授業の終わりを告げるよりも早く詰井が声を張り上げる。ほぼ間をおかず、詰井以外の生徒たちも一斉に立ち上がり、静謐さを保っていた木造校舎は一瞬で喧騒に包まれた。

 実務科目への傾倒と、それに反比例するようにおざなりにされる一般教科。三条大和が混黒高校から転校して以来見続けてきた光景だ。転校当初こそ、始業するや否や、あるいは教壇に先生が立つ以前から机に突っ伏す生徒が散見される開拓分校の日常に面食らっていたが、今では通学電車の車窓を眺めるようなものだ。もちろん、指導者側も然り。数学教師は抑揚に欠ける調子で「では、次の時間は小テストから始めましょう」とぼそりと呟き、挨拶もそこそこに教室を後にした。仁義なき戦いは続く。

「おい、聞こえてんのか大和……って、何してんだそれ」

 小指で目やにをほじくりながら詰井が席の隣で立ち止まった。大和はさして面白くもなさそうな表情でスクロールしていたスマホから顔を上げ、コリコリと小気味のいい音を鳴らしながら首を回した。

「健全な高校生がすることなんてひとつしかないだろ。エロサイト巡りだよ」

「えっ、おいマジかよ! ちょ、ちょっとオレにも見せてくれよお」

「いいぜ。えーと、どこだったかな。最近俺が見つけた、温水ちよちゃんのアイコラが……」

「……あなたたち、せめて私がいなくなってからにしてくれる?」

 呆れたようなため息に続いて、剣呑な声が隣の席から飛んでくる。椅子を引くと、冴花が切れ長の目をさらに薄く引き絞っているのが見えた。心なしか、教科書を鞄に詰め込む音もいちいち大きい。

「冗談だよ。さすがに俺だって、教室で堂々とそんなものを見るわけないだろ」

「そう。じゃあどこでなら見るのかしらね」

 どうにも今日は、虫の居所が悪いらしい。冴花は目すら合わそうともせず片付けを続けている。赤ずきんに出てくる狼さながらにパンパンに参考書や辞書を詰め込まれた鞄に、大和は憐憫の視線を送った。

「そんなの、家に決まってるだろ。なあ大和」

「話をややこしくしようとするなっ」

「はぁ。大和くんも、ツイーターくらいさっさと見せてあげたら?」

 知っていたのか。どうやら冴花は、経文のような授業中に大和がスマホに興じていたのをこっそりと見ていたようだった。耐えきれず画面を覗き込んだ詰井が、一瞬にして顔を曇らせる。

「なんだ。どこもエロくないじゃねーか」

「まだ信じてたのか……ただのツイーターだって」

 大和が見せたのは、最近流行しているSNSアプリだった。小さなアイコンの横に短い文や画像が並ぶ。やはりと言うべきか、詰井は知らなかったようで、依然として眉根に皺を寄せている。

「ついーたー……? なんだ、これ」

SNSの一種だよ。みんなが独り言をツイートするんだ」

「……えすえぬえす? ついーと?」

 驚き方のテンプレートのように口をぽかんと開ける詰井を無視して、説明を続ける。

「フォローしてる人のツイートは自分のタイムラインに表示される、こんな風にな」

「ふぉろー? たいむらいん?」

 さらに無視。

「気に入ったツイートは『いいね』したり、リツイートしてさらに拡散もできる」

「いいね? りついーと?」

 ひたすらに、無視。冴花が二人の間に割って入ってきた。

「逆に、好みじゃないツイートをするアカウントはミュートで見えないようにしたり、ブロックしてこっちからの情報を一切届かないようにもできるのよね」

「おっ。木村、詳しいな。もしかしてツイーターやってるのか?」

「お前ら、わざとオレが分からないように説明してるだろ!」

 詰井が吠えた。なかなかの辛抱強さだ。

「ま、見りゃわかるだろ。ほれ」

 大和は自分のスマホを投げる。詰井は慌ててそれをキャッチすると、怪訝そうに眉根を寄せながら小さな画面を覗き込んだ。

 

 

《ユウキ》こんな練習じゃまだまだ足りない。地区予選まであと2か月、もっと頑張らないと。明日も朝からランニングだ!(0,0)

《あちみん》うー。自分が食べたバナナの皮で転んだよ……そんなことしない、って大和君に宣言してたのに。(7,12)

《←あさみん》うわっ! ツイートした記憶が無いのに私がツイートしてる!? なんで……? しかも実話だし。いたい。(5,10)

《←あちみん》私はあなた。何でもお見通しです。ふふふ。(0,2)

《←あさみん》うー。怖い……って、よく見たら《あちみん》って誰!?(0,2)

《←ゆらゆら》……バレましたか。ドロンします。(0,3)

《←あさみんゆらりーっ!!(0,3)

《チハちゃん》新作水着ゲット~♪ 今年も海、行っておきたいなー。(58,263)

《←もっちぃ》写真くれでやんす!(0,8)

《←センパイ》おう、早く見せろよ!(0,5)

 

 

「なんだこれ? さっぱりわからん」

 小鼻を膨らませる詰井。大和は机に頬杖を突いたまま、ずるりと滑った。

「つまりだ。《ユウキ》ってのはそのまま、雨崎優輝。アイツの呟きは別に面白くも無いからリツイートも『いいね』も無い。またイジメられてんのか?

 次の《あちみん》と《あさみん》は、川田さんと七島だな。《ゆらゆら》も川田さん。名前は自由に変えられるんだ。これは二人で会話してるから、二人ともフォローしてないと最初の川田さんの呟き以外は見えないようになってる。七島……『さすがの私でもそれはないよ!』とか言ってたくせに。

 その後の《チハちゃん》はチハヤ。覚えてるか、ユウキの妹。思わせぶりなこと呟くから、リツイートと『いいね』が超伸びてるだろ……どうした、冴花。目が怖いぞ。気のせい? いや、そんなことないと思うけど……言っとくけど、俺は『いいね』してないからな!

 それと、それにみっともなく反応してる《もっちぃ》が餅田で、《センパイ》が――誰だこれ? フォローした記憶ないぞ」

 説明を終えるや否や、大和は身に覚えのない混黒高校の先輩をリムーブする。高校を卒業してもなお後輩の水着写真をねだる顔も知らぬ先輩に、冴花はちょっと引いた。

「あれ~、みんな揃って何やってんの?」

「おい。急がないと、練習始まるぞ」

 帰り支度を終えた軽井と杉田が合流する。軽井は痩身をもって詰井の後ろからスマホを覗き込むと、嬉しそうに白い歯を見せた。

「おっ! なになに~、ツイーターじゃん! ツメイ、やってんの?」

「オレじゃねーよ。大和の。オレには何が何だか、さっぱり」

「その口調だと、軽井は話が通じそうだな」

「モチ! 大和ちゃん大和ちゃん……っと、いたいた。フォローしといたぜ~」

 こっそりとエロ画像を検索しようとしていた詰井からスマホを引ったくり、ツイーターを起動する。フォロワーは確かに一人増えていた。

「……《ノリちゃん》?」

「あ、それそれ。彼女からそう呼ばれてんのよ」

 訊くんじゃなかった。3年目5月にして未だ独り身の大和は辟易しつつも、軽井のツイート一覧画面を開いた。その瞬間、表情が凍る。何事かと、冴花は大和の背後へと回り込んだ。

「『彼女とファミレス!』『彼女とカラオケ!』『ゴールデン銀座!』『展望台!』『ホテルPAWA!』『海!』『山!』……こればっかりね。しかも写真付きで、彼女さんは見切れちゃってて顔が映ってない」

「ん? だって誰が見てるか分からないからな~」

 じゃあ、そもそも呟くな。ネットリテラシーと自己顕示欲を中途半端に攪拌した軽井に、冴花は誰にも聞こえないように舌打ちをした。1年目10月に映画に誘われて以来、一度も連絡なし。冴花もちょっぴりグレ気味だ。

「よし、ミュート完了っと」

 大和は見なかったことにしていた。

「そういや、大和がフォロー? してるのって混黒のヤツばっかりだな」

 ようやく少し飲み込めるようになったのか、詰井が思い出したように呟いた。

「仕方ねーよ。開拓でやってんの、たぶんオレくらいじゃねーの?」

「そうかもなぁ。混黒でも、最近になって流行り出したらしいし」

「そうか……よし! いいこと思いついたぜ!」

 右手を握り込み、朗々と叫ぶ詰井。何を思いついたのか訊くまでも無かったが、冴花は敢えて溜息交じりに確認した。

「……開拓でも、ツイーターを流行らせようってこと?」

「おう! 話が早いぜ木村! 地区大会に向けてチームの結束を高めるには、みんながみんなのことを知るのが一番だからな!」

「おっ、面白そうじゃん! オレもさんせ~」

 軽井は高々と右腕を上げ、名は体を表すという諺をその身をもって体現した。

「いいの、キャプテン。練習に支障が出ない、とも言いきれないけど」

「うーん。まあ、ツメイの言う事にも一理無くはないしなあ……いいんじゃないか? 俺もみんながどんなツイートするか、気になるし」

「よーし! キャプテンのお墨付きも出たし、みんなに広めてくるぜ!」

「オレもオレも!」

 懐疑的に目を細めるマネージャーを他所に、詰井と軽井は意気揚々と教室を出て行った。早速誰か見つかったのか、廊下からはやけにテンションの高い二人の声が反響して聞こえる。具体的に何がということを説明できるわけではないが、心配だ。冴花は今日何度目かの溜息を吐いた。

「そういや木村も詳しかったな。もしかして、ツイーターやってた?」

「や、やってないわよ!」

 想像した以上に大きな声が出た。教室に残っていた何人かの生徒が、何事かと振り向く。

 冴花は赤らむ顔を隠すように身を翻し、小走りに逃げ出した。

 大和君のツイートを監視するためだけに、鍵アカウントでこっそりフォローしてるなんて、言えるわけないじゃない――!

 後日、冴花は何事も無かったように新しくアカウントを作った。

「なんだ、アイツ……まあいいか。練習行こ」

 残された大和はスマホを鞄に投げ入れると、詰井たちの後を追う。

「……俺、忘れられてる?」

 杉田は完全に放置されていた。

 

 

 

§

 

 

 

 数日後の夜。風呂上がりの大和は、タオル片手にツイーターを開いた。

「さて、どうなったかな……おっ、フォロワー増えてる」

 どうやら詰井たちの策略は軌道に乗っているらしい。大和は増えたフォロワーを片っ端からフォローし、そのツイートを観察することにした。

 

《ブサイ》みんな。ツイートするのは自由だけど、個人情報とか機密情報は流さないでよ。炎上してからじゃ遅いから。(2,4)

《←チハちゃん》先輩! 初ツイートが注意勧告とは、お局さんってカンジで素敵ですね!(1,3)

《←チハちゃん》ていうかその名前なんですか?(1,6)

《←ブサイ》マネージャーとして当然のことをしているまでだけど。どこかの野球部はマネージャーから風紀を煽ってるみたいだから、いい反面教師にさせてもらってるわ。(0,2)

《←ブサイ》あと名前は適当。特に意味なんてないわ。(2,5)

《←ゆらゆら》私は『ミラクル☆サエカリン』が良いと言ったのに……。(3,10)

《←チハちゃん》ていうか先輩、スマホの見過ぎで視力落とさないでくださいよ! 今すぐ寝てください!(1,3)

 

「へぇ。あいつら、仲良いんだな」

 ネットにまで飛び火したマネージャー同士の冷戦など露知らず。大和は、俺もブルーライトカット眼鏡買おうかな、などと考えながら呑気に欠伸をした。

 

《たもつ》見て見て! 先生のために作った、サマーニット!(14,26)

《←先生》サマーニット? 夏なのに、暑くないのか?(1,1)

《←たもつ》うふふ。最近はこういうのが流行ってるんだよ。(1,1)

《←先生》そうなのか。保は本当に優しいなあ。ありがとう。(1,1)

《←たもつ》いいんだよ。だから、夏の大会はこれを着て応援に来てね。絶対だよ!(1,1)

《←先生》分かった分かった。野球もしっかり頑張れよ、保!(1,1)

 

 

「うわっ。噂の先生までフォローしてくれてるのか。挨拶……した方がいいのか?」

 少年は何も知らない。

 

《透》京ちゃん京ちゃん! ドラマ見てる?(0,0)

《←京》見てねえけど。どうした?(0,0)

《←透》今ね、すっごいいいシーン! 京ちゃんも見てよ!(0,0)

《←京》俺、そのドラマ見たこと無いぞ……録画してるのか?(0,0)

《←透》うん。1話から毎週バッチリ!(0,0)

《←京》じゃあ、今度お前んちで観るわ。(0,1)

《←透》やった! 約束だよ!(0,1)

《中村卓》くっくっく。くさいくさい。愛に生きる哀れなカップルよ。ワシの妹がキサマらを不幸のどん底に落としてくれるわ。(15,58)

《←LB2号》マダラ様! はんどるねーむが本名になっています! これでは奥方様に……!(10,24)

《中村卓》え? ぐううううっ! き、キサマら、命拾いしたな!(32,86)

 

 

 途中から割り込んできた謎の集団が目に入らぬほどの、チョコパフェにメープルシロップと蜂蜜と黒糖をぶっかけてバニラビーンズをバラまいたかのような甘ったるさに、大和は思わず頭を抱えた。

 頼むからメールか電話でやってくれ。

 スマホを窓から放り投げたくなる衝動を、先日部室に入るときに偶然見てしまった冴花の着替えを思い出すことによってなんとか退けた。

 

《ガッポ》ガッポガッポ! ガッポガッポガッポ!!(8,12)

《ガッポ》ガッポガッポ! ガッポガッポガッポ!!(2,5)

《ガッポ》ガッポガッポ! ガッポガッポガッポ!!(0,3)

《ガッポ》ガッポガッポ! ガッポガッポガッポ!!(0,1)

《ガッポ》ガッポガッポ! ガッポガッポガッポ!!(0,1)

 

 

「これは……スパムだな。なんかエロく見えるし」

 即決即断。大和は謎のアカウントをブロックした。

 

《BAD END》高校生たちがはしゃいでるから勢いで登録しちゃいましたけど……なんというか、平和ボケの象徴って感じですねえ。(0,0)

《Walhalla》ジナイダも同感だ。まあ、オジョー様の交友関係を洗いざらい見れるという点ではスバラシイツールですな! ぐふふ。(0,0)

《Jenkins》おや。その感じ……ウさんですね?(0,0)

《BAD END》先生。私これでも、割と姿を隠さなきゃいけない人間なんですよ? いきなり本名はどうかと思いますけどねえ。(0,0)

《Jenkins》これは失礼。こんなところであなたをお見掛けするとは思わなかったもので。(0,0)

《BAD END》同じ言葉を先生にもお返ししますけどね。まあ『アカウントはそのまま残しておきなさい』。(0,0)

《Jenkins》? 病院の宣伝にもなるので、そのつもりですが……。(0,0)

《BAD END》あら。さすがに、ここではフランシスの能力は使えないみたいですねえ。(0,0)

《Walhalla》ジナイダは一流の戦士だからここでも問題なく戦えるぞ。不穏分子を見つけ次第、ハッキングでGPS情報を割り出してヴァルハラに送ってやる。(0,0)

《Walhalla》ム? オジョー様のアカウントが2つあるゾ? ……ほほう。そういうことですか! いやらしいですなオジョー様!(0,0)

 

 

 一人を除き、会話の流れもアカウントの主もさっぱり飲み込めず、大和は首を捻る。

「アイツら、生徒以外にも広めてたのか?」

 それにしても、木村にいやらしいアカウントがあるとは。今度直接訊いてみよう。心の中で小躍りしながら、大和はこれまでのフォロワーのチェックを始めた。

 

《チハちゃん》おニイ、「風呂上がりにそんなカッコでうろつくな」ってうるさい~。暑いんだから仕方ないじゃん!(62,340)

《←もっちぃ》写真くれでやんす!(0,8)

《←センパイ》うpうp!!(0,5)

 

 

 このリツイートと『いいね』の数を見て兄は何を思うのだろう。

 大和は心の中で悩み多きライバルに合掌した。

 ついでに餅田と先輩はミュートした。

 

《あさゐん》うー。シャワー浴びようと思ったら水で寒っ! ってなって、体冷えちゃったから湯船入ったらそっちも水だったよ……。(12,31)

《←あさみん》ま、また記憶に無いツイートが! こわっ! しかもまた実話……さむい。(9,25)

《←あさゐん》私はあなた。いつでもどこでも見てますよ。(0,2)

《←あさみん》えええ、超怖いんですけど……って、《あさゐん》って誰!? ていうかなんて読むの!?(1,3)

《←ゆらゆら》あさみちゃん。それは『わ行』のイ音です。発音は『い』と同じですよ。(0,3)

《←あさみん》そうなんだ! 勉強になったよ~。(2,5)

《←あさみん》って、ゆらりーっ!!!(5,11)

 

 

「コントかっ!」

 思わずスマホにツッコミを入れる。それにしてもつくづく騙し甲斐がある。今度俺も混ざって3人にしてみよう、と決意を固めた。

 麻美に安息の地はあるのか。答えは誰も知らない。

 

 

 

§

 

 

 

 過ぎること数日。いつものように過ぎる授業をいつものように聞き流した放課後。大和は、いつものように飛んでくる声が無いことに首を傾げた。

「木村。今日、ツメイって休みだっけ?」

「いるわよ。ほら、あれ」

 冴花の指差した先には、机に顎を乗せ突っ伏したまま微動だにしない級友の姿があった。

「なんだアレ。まだ寝てんのか?」

「寝てたらいびきが聞こえるから、起きてる……と思うけど」

 幼馴染からしても見慣れない姿なのだろう。冴花の声にも張りが無い。

 遅くまで自家発電に勤しんだとかその程度だろうと高を括り、大和は詰井の背中を軽く叩いた。

「おい。そんなにいいのがあったのなら、俺にも教えてくれよ」

「はぁ? 何の話だよ」

「何って、いいオカズがあったんじゃないのか。だから励み過ぎて元気が無いもんだと」

「お前がオレをどう思ってるのか、よーく分かったぜ……はぁ。まあいいや。オレ、今日練習休むわ」

 怒りに拳を震わせたのも束の間、メランコリィな溜息と共に詰井は再び机に伸びてしまった。

「おいおい。どっか具合でも悪いのか?」

「いや、健康……だと思う。カラダは」

「カラダ『は』?」

「なんかよお、やる気が出ねえんだよなあ……これ、見てくれよ」

 緩慢な動きでツイーターを開く。大和と、いつの間にか合流していた冴花はスマホを覗き込み、二人して首を傾げた。

 

《澄原》ベンチプレス80kg。まだまだいける。(358,628)

 《←宇凪》姐さん! 半端ないです!!(13,34)

 《←佐門》姐さん! 動画もお願いします!!(25,59)

 

「あ、俺これ生で見てたわ。スゲーよな」

「80って、ツメイ君より記録出てるわね……」

「ほっとけ! そんなことより、次も見てくれよ」

 

《夢見草》今日のお弁当は特別良くできましたわ。登校中にも良いことがありましたし、早起きはするものですわね。(378,1034)

 《←わかば》お姉さま! それはもしかして、あの方とご一緒になったのですか?(205,692)

 《←夢見草》こ、こら! そういうことを、このような場で言うものではありませんわ!(279,1002)

 

 

「夢見草……? 俺もフォローされてたけど、誰なんだこれ」

「一ノ宮さんね。桜の別名よ」

 注釈を入れる冴花の顔は、心なしいつもよりさらに目つきが鋭い。大和は明後日の方向に視線を逸らし、若葉って平仮名で書くとアラカンが吸うなかなか値上がりしないタバコみたいだな、とにべもなく考えた。

「で? これのどこに詰井君がヘコむ要素があるっていうの?」

「わかんねーかよ。見ろよ、このリツイートと『いいね』の数!」

 投げやりな詰井に促されるように、もう一度ツイートを見返す。たしかにそれは、画像も動画も無いただの文字ツイートとは思えぬほどの反響を呼んでいる。さっぱり何のことかわからないと唇を尖らせる大和に対し、冴花は得心顔で胸の前で腕を組んだ。

「つまり。詰井君は、自分のツイートに反応が無いのが悔しい、ってことでいいのね?」

「う、ぐ……まあ、そう言えなくもない」

 なんだ、そんなことか。内心が表情に漏れたのか、悩める詰井少年はギロリとキャプテンを睨みつけた。

「明らかに興味ないって顔すんなよ! 見てくれよ、オレのツイート! 自分で言うのもなんだけど、結構面白いんだぜ!」

 半泣きで差し出される指紋だらけのスマホを、再び二人で覗き込んだ。

 

《ツメイ》すげえ! 今朝のウンコ、真っ黄色だ!!(0,0)

《ツメイ》風呂入るとションベンしたくなるのってなんでだろうな? トイレ行った後でも出したくなるぜ!(0,1)

《ツメイ》練習後に吸うツツジは最高だな!(1,3)

 

 

「小学生か!」

「キャプテンに同じ。詰井君、よくこんなの呟く気になったわね」

「なんでだよ! すげえ黄色かったんだよ! バナナみたいに!」

 図らずもバナナを想像してしまった冴花は、今後1カ月は食卓に出すなとジナイダに伝えようと心に決めた。

「だってよお。澄原だって一ノ宮さんだって、別に面白くもなんともないじゃねえか!」

「いや、澄原さんの記録は十分凄いと思うけど……」

「ぐ。そりゃ、澄原の記録はスゴいけどよ。それでもあんなに反応されてたら、オレだってもうちょっと伸びてもいいと思うだろ?」

 件の二人の反響っぷりにはそれぞれのバックボーンが大いに影響しているのだが、それを伝えても無意味だろうと、大和は沈黙を貫くことにした。恐るべき高校代表である。

「この二人は例外ね。他のチームメイトは、みんな詰井君と同じようなものでしょ」

「んなこたねーよ。広畑なんかすげー注目されてるぜ」

「えっ、広畑が?」

 思わず大きな声が出た。澄原や桜華のような後押しがあるわけでもなく、贔屓目に見ても特別面白いことができるとも思い難い。もしかするとまた虚言のクセが出ているのではないか。脳裏を過ぎる一抹の不安を振り払うように、大和は軽く首を振った。

 

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「ガチ炎上じゃねーか!!」

「やってくれたわね……」

 襲い来る偏頭痛に額に手を当て呻く冴花。そういえば、ケンちゃんとカントクに呼び出される広畑を見たような気もする。後に聞いた話では、広畑のバズり作戦は未遂どころかそもそも実行するつもりはさらさら無かったらしい。いずれにしても大問題であることに変わりはないが。

「時期が時期なら大会参加自粛も有り得たぞ……」

「講習と注意喚起が必要ね。今日の練習前少し時間もらうわよ、キャプテン」

「この際、大会が終わるまで全員のツイーターを自粛しても……」

 白い目でぶつぶつと話し込む二人に対し、未だ事態の深刻さに気が付いていない詰井はキャプテンの肩を軽く叩いた。

「え? でもこれ、広畑のいつものアレだろ? そんなにマジにならなくても」

「俺たちはそれを知ってても、SNSは名前も顔も知らない連中も見てるからな。呟きは鍵をかけていない限り誰でも見れるから、本人は仲間うちで盛り上がるつもりでもこうやって拡散されたら冗談も冗談じゃ済まされなくなるってわけだ」

 淡々とした説明により徐々に状況が呑み込めてきたのか、詰井の顔はみるみるうちに青ざめる。どうやらSNSの怖い一側面に思い至ったようだ。攻め時と見たマネージャーは、一気呵成に言葉を畳みかけた。

「分かったわね? 『いいね』が多ければいいっていう話じゃないの。というより、リツイートや『いいね』の数なんて囚われるだけ無意味。どうせ独り言なんだから、反応なんてあったら儲けものくらいで考えるのが一番いいの」

「うう……でっでも、オレだってみんなに『いいね』されてえよ! このモヤモヤしたままじゃあ、練習なんてやる気に」

「この……バカ野郎!」

 唐突に隣から飛んだ怒声に、冴花はびくりと体を震わせた。制止する間もなく、キャプテンは半泣きの詰井の胸倉を掴み上げる。

「ちょっ、キャプテン!?」

「『いいね』がどうした! お前の凄さは俺が一番良く知ってる。小学生みたいなことしか呟けなくても、ウンコがバナナみたいに黄色くても、澄原よりベンチプレスがショボくても、『いいね』が少なくても、お前の相棒の俺が言うんだから間違いない! そんなに『いいね』が欲しいなら、俺が今してやる! どうだ、これでもまだ不満か!?」

 空いた片手でスマホを操作する。はっとした表情で詰井が自身の呟きを確認すると、黄色いウンコのツイートの『いいね』に1の数が燦然と輝いていた。

「大和……オレ、オレ……」

 もはや溢れる涙を拭おうともしない。詰井はキャプテンの拳をがっしりと両手で握った。その眼にはもはや、一点の曇りもない。

「オレ、頑張るぜ! ありがとよ。おかげで目が覚めたぜ」

「おう! その調子だ!」

「甲子園で活躍してスターになって、大したことない呟きでも『いいね』がもらえるようになるんだ!」

「そうそう、甲子園のスターになって……えぇえ?」

「よーし、そうと決まれば練習だ! 行くぜ大和!」

 あんぐりと口を開けたままの大和を残し、詰井は自らのバッグを引っ掴み意気揚々と教室を大股に去って行く。廊下から響く謎の高笑いが遠くなってからも呆けたままのキャプテンの肩を、冴花は小さく二度叩いた。

「これで一件落着……なのか?」

「一応そうなるのかしらね。本人には微妙に届き切ってないけど」

 スターになったとしても、バナナうんこでだけはバズらないで欲しい。

 一抹の不安を抱えながらも、マネージャーに背を押されるように大和もグラウンドへと歩き始めた。

 

 こうして、開拓高校と一部の部外者を巻き込んだツイーターブームは沈静化を迎えたのである。

 

 

 

§

 

 

 

「おーい、大和。練習行こうぜえ。ん? 何見てんだよ」

「ああ、これ? 混黒で最近流行り出したとかいう、インスタってやつで……」

 浜の真砂は尽くるとも、世に『いいね』の種は尽くるまじ。

 冒頭に戻る。

 

 

 

§

 

 

 

「はぁはぁはぁ……練習楽しい! 次は素振り3000本だあ!!」

 下山は件のブームに乗ることも無く3倍練習を貫いたという余聞をもって、この閑話は閉じる。

 

 

 

 

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