ほんのりまろびね

パワプロクンポケット(パワポケ)の二次創作小説(SS)をぼちぼち書いてます。

パワプロクンポケットΦ 幕間①『DELTA STIRRING』(パワポケ7異聞)

これで本当に第1章は終了です。

 

前の話はコチラ。

 

marobine105.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 抱き合うようにもつれていた二つの影が離れる。

 男は真紅に染まった左胸を手で押さえながらよろよろと後退すると、やがて頭の先から灰化し人の形を成さなくなった。

 キャットオルフェノクは月光に照らされぬらぬらと怪しく赤に光る指先を見つめ、にやりと口元を歪める。

 暗闇に眠る街外れの埋め立て場に、風が運ぶ潮騒が響く。猫の異形は周囲に人がいないことを十分に確かめた後、その風に溶けるように人間へと変化した。

「へぇ。誰かと思えば、お前か」

 唐突に降ってきた声に、瞬時にオルフェノクへと姿を戻す。

 碁盤の目状に配置されたコンテナの上から目の前に音も無く舞い降りたブルーは、マフラーを風にたなびかせながら両手を下に向けた。

「俺に見つかったのはラッキーだぜ。レッドなら問答無用だっただろうな」

 放たれる気配は青い仮面が放つ飄々とした台詞と相違なく敵意は感じられない。だがオルフェノクはナイフのような爪を構えたまま警戒を解こうとはしなかった。喉の奥から危険を知らせる低い唸り声が知らず漏れる。

 ブルーは今にも飛び掛からんとするオルフェノクを見遣り小さく鼻を鳴らした。

「まあ、落ち着けよ。戦ったら俺が勝つことくらい分かるだろ?」

 それでも構えを解くわけにはいかない。

 キャットオルフェノクは誰も信用していなかった。

 たとえそれが人間でもヒーローでも、同族であったとしても。

 そんな考えを見透かすように青い戦士は肩をすくめて見せた。

「そりゃ信じられねえよな。俺も同感だ。なあ、俺と取引をしないか」

「トリヒキ……」

「そうだ。殺して欲しいヤツがいるんだが、こいつがなかなか骨が折れるヤツなんだ。俺が殺れればいいんだが、あいにくこっちも忙しい身でね。部下たちに任せてるんだけど、どうにも弱いヤツらばっかりで話にならねえ」

「オレガ、ソイツヲコロセバイイノカ」

 他人を信用してはいけない。だが、損得勘定が絡めば話は異なる。

 相手が算盤を弾いている間にこちらが裏切ってしまえばいい。

 信用すべきなのはヒトではなく打算に奔る心。それがキャットオルフェノクの信条だった。

 その言葉を前向きな意思と捉えたブルーはパチリと指を鳴らすと、そのまま人差し指を左右に振る。

「話が早くていいねえ。だけど残念ながら、今のお前じゃまず勝てないだろうな。そこそこオルフェノクってヤツも見てきたが、お前は弱い方の部類だ」

 キャットオルフェノクの牙がギリギリと金属的な音をかき鳴らす。

言われなくても分かっている。

 人を凌駕する身体能力を持つ異形の怪物でありながらキャットオルフェノクは弱かった。それが本来の人間の資質によるものなのか、力を引き出せていないのかは分からないが、オルフェノク同士の戦闘はもちろん人間相手でさえも敗走することもある。

 今日もまた夜闇に乗じて奇襲したから男を殺せたのであって、まともに正面から襲い掛かっていたらどうなっていたか分からない。

 それを全部見られていたのか。

 怨嗟を込めて鋭く引き絞られた瞳を前にしてもブルーは一切動じない。

「そこで取引だ。お前を強くしてやる。おっと、別に稽古をつけてやるってわけじゃないぜ。お前の能力を覚醒させる装置ってのがあるんだ。そいつをお前に使ってやる。その代わり、お前は俺の手駒として働いてもらう。仕事さえしてくれれば俺も他のヒーローたちもお前を殺さない。人間を狩りたきゃ好きに狩っていい。どうだ、悪くない話だろ」

 ぴくりと頬が痙攣する。

 能力を覚醒させる装置?

 他のヒーローもお前を殺さない?

 言葉そのものもそうだったが、目の前の青い仮面の所作からは安っぽい詐欺のような軽薄な臭いが漏れ出ている。

 目的を達した後は処分されるのだろう。オルフェノクはそう思った。

 力を振りかざして従わせようとするヒトは誰でもそうする。

 甘い言葉で巧みに誘惑し、弱者を操作し、用が済んだら捨てられる。今までもずっとそうだった。オルフェノクとして第二の生を受けるより以前から、キャットオルフェノクはそう考えていた。

 だが。

「イイダロウ。オマエニシタガオウ」

 大望を成すためには、強くならなければいけない。

 安い詐欺には安いお返しをとばかりに、異形の怪物は中世の騎士のように恭しく片膝をついた。

「取引成立だ。よろしく頼むぜ」

「ソノカワリ――」

「せっかちなヤツだな。わかった、早速アジトに連れてってやるよ」

 ブルーは外連味たっぷりにくるりと身を翻し、がら空きの背中を余裕たっぷりに晒した。

 見ていろ。

 ヒーローも人類も全て喰らい尽くしてやる。

 手始めは、お前だ。

 キャットオルフェノクは決意と共に一歩を踏み出した。

 

 

 

Φ

 

 

 

 古河家の狭い浴室の床タイル一面を覆う新聞紙。その上に、黒々とした芯の太い毛が散乱していた。

「よし、できた!」

 バリカンを片手に持つ梨子は、その手にふりかけのように塗されたレオの髪をひと息に吹き飛ばす。ランニングシャツ姿のレオは跳び散らかる髪を鬱陶しそうに手で払うと、錆と水垢の目立つ鏡を覗いた。

「おお。いいじゃねえか。才能あるな」

「そう? へへっ、ありがと」

 脱衣場の水道で手を洗う梨子から見えるのは、特段代わり映えのしないミディアムヘア。それに対し、鏡に映る右側頭部は気持ちいいほど豪快に刈り上げられている。花丸高校野球部は髪形に制約がない、とは聞いている。それにしても限度があるんじゃないかと梨子は少し不安に駆られたが、これが少年の要望だったので仕方がない。

 刈り上げた部分の感触を指先で確かめていたレオは、ふとバリカンを手に取ると、際の刃を使い二本の細い剃り込みを描き加えた。

「うわ。それはさすがに怒られるんじゃないの」

「どうせすぐ伸びるだろうし、知ったことか」

 出来栄えに満足し足元の新聞紙を乱暴に丸める。そしておもむろに、シャツを脱ぎ脱衣場へと放り投げた。肌にへばりついた髪の毛を落とすためにシャワーを浴びるのだろう。

 ぎょっとした表情で飛び退いた梨子が唇を尖らせる。

「ちょっ、いきなり脱ぎださないでよ! バカ! えっち!」

「うるせえな。ここはオレん家なんだからどこで脱ぐのもオレの勝手だろ、バカ」

「そんなわけないでしょ! それに、バカっていう方がバカなんだよ」

 同居が始まり一週間。既に慣れを通り越しうんざりしていた不毛な応酬をしながら、梨子は思い切り浴室のスライドドアを閉めた。安普請の壁が揺れる。おい近所迷惑だろ、という怒声が密室一杯に木霊する。一瞬だけ垣間見えた剥き出しの上半身が網膜に色濃く焼き付いていた。

 昨晩の激戦を思わせる青黒く腫れ上がった肌。少年を見つけたときには、既にオルフェノク化もできないほどに満身創痍だった。こっそりとレオを監視していた立花から連絡をもらわなければ、きっとバイト終わりでまっすぐ帰宅し、戻って来ない部屋の主を延々と待っていたのだろうと思うと、終わったことだというのに背筋に寒いものが走った。

 ここ数日現実離れした出来事が多すぎて、さすがに少し疲れが溜まっている。

 部屋に戻って漫画でも読もうと考えていると、突然スライドドアが開き布切れが放り出された。

 何気なくそれを摘まみ上げた梨子は、次の瞬間顔を真っ赤に染め上げた。

「あっ、アンタねえ! 年頃の女の子相手にいきなりパンツ投げてくるって、どういう神経してんのよ? ホンット、デリカシー無さすぎ!」

「いつまでもそんなとこでボサッとしてる方が悪い」

 くぐもったレオの声と共にシャワーのさあさあという流水音が響く。

 少女はこめかみの血管をぴくぴくと浮き上がらせながらドアを開け放ち渾身の一投を放り投げると、幾重にも木霊する悲鳴と金属音を背に大股で脱衣場を後にした。

 

 

 

Φ

 

 

 

 古河家の日常から遡ること半日ほど。

「……で、俺はその、オルフェノクってのになって生き返ったと」

 公園でピーチらを退けた三人は、立花の案内で黒野のアジトに移動した。既にファイズへの変身は報告を受けているのか、黒野はレオの姿を認めるや否や強引に手を取り、やはりワシの目に狂いは無かったな、と満足げに笑った。実際に変身を見せてくれ、という要求は軽く無視されたが。

 一連の説明を受けた七瀬は、困ったようにその場の全員を見渡し開いた両手を見つめる。負傷から間も無いため顔色は優れないが、レオも七瀬も普通に会話を交わすことができる程度には回復していた。

「実感、ないなぁ」

「最初はそんなもんだ。普通にしてりゃボールを握り潰すこともねえし、いきなり200キロのストレートが投げられるわけでもねえ。そのうち分かる」

「……なんか、偉そうでバッタ」

「カカカ! ついこの前は死にそうな顔してたクセになあ」

「シッ。オルフェノクのセンパイ気取ってるんだよ。今くらいは放っておいてあげて」

 わざと聞こえる声量で糾弾するオーディエンスをひと睨みすると、全員が一様にさっと顔を逸らす。意趣返しとばかりに舌打ちをしたところで、黒野が口を挟んだ。

「それで、お前さんは何のオルフェノクになったんじゃ」

 科学者としての好奇心を抑えきれないのか、目に見てわかるほどに老人の肌艶は良い。

 オモチャを買ってもらったガキか。

 呆れるレオの横で七瀬は首を捻った。

「それなんですけど……」

 七瀬の顔に黒い線が浮かぶ。視界の隅で立花が作業台の下に隠れるのが見えた。

 瞬く間に背中に無数の鋭い棘を生やしたオルフェノクへと変貌した七瀬を、黒野は何度も感嘆の声を上げながらペタペタと触れる。たかゆきに命じてボロボロのクッションを持ってこさせると、剣山のような棘に深く突き刺しすぐに引き抜く。そして綿が無残にはみ出たクッションの断面と棘の形状とを見比べて、黒野は顎に手を当て唸った。

ヤマアラシ……いや、これはハリネズミかの」

ハリネズミ……ですか」

 七瀬もといヘッジホッグオルフェノクの拍子抜けしたような声に、レオはニヤリとほくそ笑んだ。

「可愛くていいじゃねえか」

「……だいぶ調子に乗ってるでバッタね」

「ねー。さっきまで死にそうな顔してたのに」

「さっきからゴチャゴチャうるせえな。お前だってゲロ吐いてたじゃねえか」

「おい! 空き缶は投げんなよ! 片づけんのはオレなんだよ」

 たかゆきの制止を受け、梨子は憤懣やるかたなく振り上げた空き缶を下ろす。後で覚えときなさいよという呪詛に対し、レオは小さく舌を出して応えた。

「二人の血液を比較したところ、どうやら古河の方がオルフェノク因子の血中濃度が高いようじゃな」

「それって、どういうことなんですか?」

 七瀬に事情を説明している間に、到着してすぐ行った採血の結果が出たらしい。

 ただ黒野の顔は冴えず、お手上げだとばかりに肩を竦めた。

「こうもサンプルが少なくてはなんとも言えん。恐らく、オルフェノク化の影響が古河ほど大きくない、ということなんじゃろうが」

「なんだよ。天才科学者じゃねえのか」

「天才だろうと分からんことは分からん。せめてもう一人サンプルを取れれば、もう少し研究も進められるんじゃがのう」

 三人目のサンプル。それはかなり難しいだろうとレオは内心思った。

 これ以上の犠牲を出すつもりはない。かと言って、自分たちのように人の心を残したオルフェノクがいるとは思えない。

 この数日で退けてきたオルフェノクたちから向けられた極めて原始的な敵意を思い返し表情を強張らせるレオは、ふと横っ面に視線を感じ顔を向けた。

「あのさ、古河君……その、ごめん。周君のこと何も知らないで、酷いこと言ったよな」

「別に、気にしてねえよ」

 襟足を掻きながら、レオは頭を下げる七瀬から視線を逸らす。

 しばらく金魚のように口を開閉していたが、やがて意を決したようにごくりと唾を飲み込み、顔を背けたままぽつりと零した。

「……オレこそ、悪かった。お前も焦ってるのに、余計なこと言っちまった」

「古河君……」

「へえ、あの男も謝れるんだな」

「ちょっとは人間らしくなったでバッタねー」

「あたしにもいろいろ謝って欲しいんですけど!」

 騒ぎ立てるガヤから飛ぶ野次を心ならずも受け止めながら、穴があったら今すぐ入りたい、ていうかアイツらをぶち込みたい、とレオは思った。

「とにかく、これからはオルフェノク同士協力しよう! よろしくな!」

 そんな少年の心境などいざ知らず、七瀬は快活に白い歯を見せ右手を差し出す。

 その勢いに思わず握手を交わしつつ、レオは満足そうに笑う少年に白い目を向けた。

「お前、頭大丈夫か? なんでそんな前向きなんだよ。バケモノになったんだぞ、オレたち」

「え? いや、まあ、そうかもしれないけどさ。悩んでも仕方ないっていうか……それはそれ、これはこれ、っていうか」

 わかった。コイツ、バカだ。

 今この瞬間、七瀬を除く全員の心が繋がった。

「よーし! オルフェノクとヒーローから人間を守るぞ!」

 一人シンパシーの輪から外れた少年が意気揚々と拳を振り上げるのを眺めながら、梨子は思い出したように口を開いた。

「あ、それなんだけどさ。ヒーローとオルフェノクも、やっぱりグルなのかな」

「え? そりゃ部下って感じだったし、そうなんじゃ……」

「待てよ。『も』ってのはどういうことだ」

 何気なく零れた呟きの言葉尻を捉えたレオの両目がすっと細く絞られる。

 そういえばこういうヤツだったな、と梨子は困ったように人差し指を顎に当てた。

「言っていいのかなー、まあいっか。あたし、ワルクロ団でバイトしてるでしょ? ワルクロ団とヒーローってグルなんだよ。ワルクロ団が事件を起こしてヒーローたちが解決するっていう……マッチポンプってヤツ?」

「え……ええええ! わ、ワルクロ団で、バイト!?」

「バーカ。そこじゃねえだろ」

 初耳の情報に驚く七瀬を一蹴したレオは腕を組み眉根を寄せた。

 突如現れたヒーローたちの裏の一面。明確な狙いは分からないが、悪役を欲していることだけははっきりと解る。そのシナリオにおあつらえ向きとばかりに登場したのがオルフェノクという異形の怪物であり、怪物でありながら人を襲わずあまつさえヒーローを倒してしまう自分は舞台への最悪の乱入者ということになる。

 同じように腕組みで思案顔をしていた黒野も仮想のシナリオが組み上がったのか、喉を震わせ不敵な笑い声を零した。

「なるほどのう。怪人製造マシーンを破壊するならともかく、奪って何をするのかと思っておったが、そういうことじゃったか」

「え。何、怪人製造マシーンって……黒野博士って、もしかしてヤバい人?」

「気付くのが遅えよ。どっからどう見てもヤバいヤツだろ。仲間がバッタ男とロボットだぞ」

「立花でバッタ!」

「俺は人間だ!」

 二人に減ったガヤを無視し、レオはギロリと黒野へ睨みを利かせた。

「そもそもジジイの怪人マシーンを奪ったのがヒーローどもだっていうのも初耳だけどな。そういうことは先に言えよ」

「ワシもお前さんたちの部活にヒーローがいるなんて初耳だからの。こればっかりはおあいこじゃ」

 そもそも黒野が余計なものを作らなければここまで話がややこしくもならなかったじゃないか、と喉まで出かかった声を呑み込みレオは溜息を吐いた。

 小首を傾げ情報を整理していた梨子が、二人からワンテンポ遅れて途切れ途切れに口を開く。

「えーと。ヒーローは博士から怪人製造マシーンを奪ってワルクロ団を結成した。そのあと、博士が廃品回収に出したオルフェノク製造マシーンも奪ってオルフェノクも味方につけた……ってこと?」

「誰がオルフェノク製造マシーンを手に入れているかは分からんが、お前さんたちの話をまとめるとその可能性が高そうじゃな。もっともアレは未完成じゃ。ヒーローどもにこの天才黒野鉄斎の発明品を完成させられるとは――」

「それはどうでもいい。んなことより、ヒーローのヤツら全員がオルフェノクに関わってるかは分かんねえぞ。少なくともブラウンの野郎はオレがオルフェノクだって知らねえみたいだったしな」

「えっ、そうなの? まあ確かに、知ってたらレッドが黙ってないか」

 あまり状況を理解していない七瀬がぽつりと呟く。

 野球部の復帰はひとつの賭けでもあった。問答無用でその場で殺されるのか見逃されるのか。危険が伴うことは承知の上だったがどうやらまだ泳がせてくれるらしいと、レオは内心胸を撫でおろしていた。最もそれは部活動中の話だけなのだと、すぐに思い知らされることになったのだが。

「古河の話を真実とするなら、ヒーローの一部にオルフェノクの力を利用しようとしている者がいる、というのが最も考えられる可能性かのう。ワルクロ団は世間に悪名を轟かせつつあるとはいえ、所詮は人為的な組織に過ぎん。もしヤツらが正義の御旗を欲しているのだとすれば、外敵をもってそれを成そうというのは非常に危険じゃが効果的かもしれん」

「そっ、そんなの、正義の味方がすることじゃないじゃないか!」

「どうかのう。The end justifies the means.――結果さえ良ければ手段は選ばない。既にワルクロ団を結成しておる時点でヤツらの方針は決まっておる。であれば、より過激で効果的な手段を選ぼうとする連中が出てきても不思議ではあるまい」

 信じられないといった様子で七瀬が絶句する一方で、レオはそんなところだろうなと苦虫を噛み潰したように小鼻に皺を寄せた。

 公園で梨子を助けた黒いヒーローがレオの脳裏に浮かぶ。ピーチと口論をしていたことから考えても、どうやら全員が同じ意思を共有しているわけではないらしい。

「ヒーローも一枚岩じゃねえってことだな。とりあえず、誰が裏の親玉なのか分かるまではこっちも手だしできねえな」

「どうしてだよ。今すぐにでもアイツらの真相をみんなに打ち明けて、追い出しちゃえば――」

「オレたちもオルフェノクだってバラされて終わりだ。お前、バケモノと一緒に野球したいか?」

「それは……」

 そうかもしれないけど、と消え入るように呟く。

 もちろんレオにも自分や周が命を奪われる元凶となったヒーローを炙り出したいという思いはあったが、一番の目的は周との約束を果たすことにある。

「お互いに肝を握り合っているのかもしれんの。あちらさんは恐らく、ヒーロー組織のトップの方針とは異なるということを自覚しておるんじゃろう。だから大々的に動かず、個人の行動としてお前さんを始末しに来とるんじゃろう。あくま推測に過ぎんがな」

「じゃあ、俺たちはどうすれば……」

「とりあえずは今まで通り、返り討ちにしていくしかねえだろうな。オルフェノクってバレてんのはオレだけだし、お前は余計なことすんなよ」

「でも、それじゃ古河君が」

「オレにはコイツがある」

 ポケットからファイズフォンを取り出して見せる。対オルフェノク用の切り札と黒野が胸を張るだけあって、その力は想像を絶するものがあった。

 変身時は生命活動を停止していた七瀬もファイズの圧倒的な戦況は梨子と立花から聞いていたこともあり、それ以上は食い下がろうとはしない。

 代わりに黒野へと詰め寄ると、両手を合わせ勢いよくご神体よろしく拝んだ。

「博士! 俺にも、ファイズをください! 俺も戦います!」

「バカか。お前まで戦う必要なんてねえだろ」

「あるよ! 古河君は俺を助けてくれたじゃないか!」

「あれはたまたま、お前がそこにいただけだ。お前を助けたわけじゃ――」

「同じだよ。古河君は俺を助けてくれた。それに、古河君は甲子園に行くんだろ? だったら俺と夢は同じだ。俺も君と甲子園に行く。だったら、一人より二人で戦おう!」

 レオは思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 真っ直ぐに正面から顔を見据える七瀬の眼光に縫い留められたように、目を逸らすことができない。

 そういえばコイツは、あのオルフェノクに自分から喧嘩売るくらいのバカだったな。

 恐らく何を言っても聞かないのだろう。そう判断したレオは襟足を乱暴に掻き上げ、ふてくされたように呟いた。

「……レオだ」

「え?」

「古河君っての、やめろ。レオでいい」

 途端に七瀬の顔がパッと明るく彩られる。

 ハリネズミというよりは犬だなとレオは思った。

「分かったよ、ふる――レオ。だったら俺も七瀬じゃなくて、猛って呼んでくれ」

「暑苦しいから、やだね」

「えっ。ええーっ! そこは『分かったぜ、猛』っていうところじゃないの?」

 力強く差し出された右手を無視しそっぽを向く。

 不満げに唇を尖らせた七瀬の肩を、梨子がポンと軽く叩いた。

「まあまあ。レオはこういうヤツだからさ。アタシのこともリコでいいよ、猛」

「えっ? う、うん……よろしく、リコ……」

「青春でバッタねえ」

「ケッ。クサくて見てらんねえぜ」

 これに関してはたかゆきに同感だったが心の中に留め、レオは近場にあったパイプ椅子にどかりと腰掛けた。

「それで博士、ファイズは――」

「残念ながら、ファイズギアは一つしか無いぞ」

 黒野は全く残念さを感じさせない調子でさらりと言い放つと、壁の棚からアタッシュケースを引っ張り出し作業台に置いた。

「じゃがな、ベルトはまだある」

 ぱちりと小気味のいい音と共にロックを外しケースを開く。中を覗き込んだ七瀬と梨子が、おお、と歓声を上げた。

「デルタギアじゃ。ファイズのように多様なツールは備えておらんが、単純な出力はファイズよりも上じゃ」

「す、すげー! 博士、使い方教えて下さいよ!」

 我慢できずベルトを引っ張り出した七瀬をたしなめる黒野の声を聞きながら、その様子を目を輝かせながら眺めていた梨子に声を掛けた。

「リコ。お前もワルクロ団のバイト、辞めろよ」

「えー。せっかく時給上がりそうだったのに……ってのも言ってられないか。さすがにちょっとヤバそうだしね。あーあ。バイト探さないとなぁ」

「オレが紹介してやろうか?」

「んー、いいよ。自分で探してみる」

 駆のために試みた勧誘はあっさりと断られた。

「それと、オレん家から出てけ」

 梨子は驚きに目を丸くしたが、すぐに穏やかな微笑みへとその相貌を変えレオの隣に座った。

「ありがと、レオ。心配してくれてるんでしょ? あたしも巻き込んじゃうからって」

「いや、オレは別に」

「でもここまで聞いちゃったら、もう知らんぷりできないよ。レオ一人だとどんなムチャするか分かんないし」

 一度ならず二度も梨子には窮地を救われている。それに関しては何も言うことができず、レオは口をつぐんだ。

 どちらかと言えば、梨子が古河家に転がり込んできた原因である『オルフェノクに狙われているのかもしれない』という疑惑が晴れたためさっさと出て行って欲しい一心だったのだが、今更言い出せるような雰囲気でもない。

 一緒にいれば危険に晒される。火中に身を投げるのは一人だけでいいというのに、どうしてこうもお節介が集まるのか。

 とはいえ、梨子も七瀬も、自分が断ったところで首を突っ込んでくるのだろう。

 どちらも守ってみせる。もうこれ以上目の前で人を死なせたりはしない。

 ポケットのフェイズフォンを強く握り締めると、隣の少女がぽつりと零した。

「それに――」

「それに?」

「今日アンタの部屋にマンガ持ってったばっかりだし、面倒くさい」

 瞬時に梨子へと向けたレオの顔が壮絶に歪む。

 あの狭い部屋を半分にした挙句、さらに私物を、それも漫画とは。

 ぺろりと舌を出す梨子に向け、唾を飛ばす勢いでレオは吼えた。

「おい、ちょっと待て。オレの部屋は物置じゃねえんだぞ」

「いいじゃん別に。あたしのスペースに置いてあげたんだし。レオも読んでいいからさ」

「そういう問題じゃねえ。大体『アタシのスペース』なんざ――」

「なあ、見て見て! これが俺のデルタだって! ファイズとどっちがカッコいいか、勝負しようぜ!」

 口論のゴングが打ち鳴らされようとしていた二人の間に、黒い装甲に白いブライトストリームが目に鮮やかな超金属の戦士デルタが割って入る。

 梨子の注意は一気にそちらに持っていかれたのか、黒いボディをバシバシと叩きながら歓声を上げた。

 もし三人目がいるなら、頼むから、もっとマトモなヤツであってくれ――。

 ずるずると滑るように椅子にもたれながら、少年は大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

Next Φ’s

 

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