ほんのりまろびね

パワプロクンポケット(パワポケ)の二次創作小説(SS)をぼちぼち書いてます。

退屈な日常への挑戦3

(初出:2008年)

 

ちゃんと本編の選択肢とかのネタを拾ってるのがSSっぽいなぁと思いました(小並感)

 


 真夜中の校舎、無人の廊下に二人分の足音が高く響く。頭の中で警笛がけたたましく鳴るのを感じながら、俺はカズの手を取りただ我武者羅に走り続けていた。
 この学校で何が起きているのか、カズは何に巻き込まれているのか――俺の乏しい思考回路ではさっぱり理解できない。ただ、何かがヤバいという獣としての本能が俺を突き動かしていた。
 窓から入り込む月明かりが横顔を照らす。地面にぼんやりと映る俺たちの影に、どきりと心臓が跳ね上がるのを感じた。
「ど、どこ行くんや、温助!」
 カズが叫ぶように問いかける――分からない。だが、ここにいては不味い。
「とりあえず外だ! 校舎から出るぞ!」
「――逃げる場所を叫ぶなんて、アンタってホントにバカなのね」
 不意に、前方から嘲笑うような声が投げかけられる。地面を踏み締めその場に急停止すると、荒い呼吸のまま力強く前方の薄暗がりを睨みつけた。
「一丁前にメンチを切ったりして、それで威圧してるつもり?」
「浜野――」
 コツリ、と革靴の音が高く響き、その姿が月光の元に晒される。いつも教室で見ている同級生のはずなのに、何故か背筋がぞわりと震え上がった。
「温助、下がっとき」
「カズ――」
 右手で俺を制しながら、カズが一歩前に出る。鋭く研ぎ澄まされた双眸が、俺の関われる範疇ではないことを如実に知らせていた。
 大切な人を置いて、逃げるのか――奥歯を強く食い縛る。爪が皮膚に食い込むほど拳を握り込む。
 睨み合いを続けるカズ、俺よりも大きな、だがはっきりと「怖い」と叫んでいる背中を、俺は見ていることしかできないのか!
 そんなのは――嫌だ!
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「な――」
「ぬ、温助っ!?」
 ビリビリと鼓膜が震える。全身で自らへの叱咤の叫びを吼え立てると、俺は唖然とする浜野を見据えたまま、手に持ったバットで手近な窓ガラスを叩き割った。けたたましい音と共に砕け散るガラスの破片が、熱湯と冷水を掻き混ぜたような脳にやけに鮮やかに映った。
「な、何しとるん! ていうか、バットはどっから出したんや」
「何言ってるんだ、最初から持ってただろ?」
「え? そ、そうだっけ?」
「それより、下がってろカズ。女を守るのは男の役目だ!」
「――ハァ。ただの人間風情が、私に敵うとでも思ってるの? さすがはバカね」
 呆れたように首を振りながら、浜野が嘲笑う。俺は口の端を吊り上げると、バットを浜野に向けた。
「へっ、舐めんなよ浜野。俺を誰だと思ってやがる」
「何を言ってるの?」
「知らねぇなら教えてやるぜ。親切高の女好き――じゃなかった、親切高の怪物、十乃温助たぁ俺の事だ!」
 威勢よく言い放つ。浜野の眉根が怪訝そうに寄った。
「聞いたことないわよ」
「自称だからな。全国区になるのは甲子園に行くまで待ってくれ」
「――やっぱりアンタ、ただのバカね」
「温助っ!」
 吐き捨てられた言葉と共に浜野の姿が消え、次の瞬間俺の真横に現れる。俺はバントのようにバットを寝かせつつその方向へと振り向いた。カズが両目をきつく瞑るのが、視界の隅で見えた。
 キン、という鋭い金属音が鳴る。浜野の放った強烈な右ストレートは、バットにより僅かに軌道が変わり俺の横の空を虚しく切った。その表情に、驚愕の色が張り付く。
「なっ!」
「ついでに言ってやる。俺はバカじゃねえ、野球バカだ!」
 バットを跳ね上げる――浜野のボディががら空きになる。俺は手をスライドさせグリップを両手で握ると、ガードの無い腹部目掛けてコンパクトなスイングを放った。
 直撃コース、硬く目を閉じる浜野――だが、バットは俺の目測通りスカートを掠めるスレスレのコースを通り、豪快な風切り音を立てた。続けて、青地のスカートがふわりと舞う。俺は満足気に微笑むと、バットを肩にかけ踵を返した。
「白か……純だな」
「「アホか!」」
 背後から二人に蹴り飛ばされた。

 

 

「という夢を見たんだけど、天月はどう思う?」
「そうだな、病院に行くことをオススメする」
 授業の合間の暇な休み時間、俺は同じく暇そうにしていた天月の前で昨日見た夢の話をしていた。天月は怪訝そうに俺を見ると、席を立ち逃げようとする。
「話は終わりか? なら、私は――」
「いや、実は今までのはただの前フリなんだ。本題はここからだ」
 天月を席に座らせると、俺はポケットからカードの束を取り出し机の上に広げた。不思議そうな顔で、天月が数枚を手に取る。
「これは?」
「Pカード、っていうんだ。簡単なゲームで賭けにも適してる。いつも暇そうだし、天月もやってみない?」
 簡単にルールを説明する。天月は興味深げに何度か頷くと、ニコリと微笑んだ。
「ふむ……面白そうだな」
「だろ? ということで、勝負だ」
「何を賭けるんだ? まあ、賭けられる物なんてペラくらいか」
「いや、今回はペラじゃない」
 残金を確認しようと財布を取り出す天月を手で制する。きょとんとした表情で俺を見る天月に、腕組みをして答えた。
「一回負けるごとに服を一枚脱いでいく、脱衣Pカードというのはどうだ。見たくないかもしれないが、負けたら俺もちゃんと脱ぐから安心してくれ。その点はフェアだ」
 必殺技について説明していないことを除けば、と心の中で付け足す。勿論、俺は心眼を使う気マンマンだ。
「十乃……なんというか、呆れて言葉も出ないぞ」
「そう言うなって。大丈夫だ、俺は優しくするからな!」
 親指をぐっと突き立てて言った。天月は疲れたように溜息をつくと、机の上のカードを集め出した。
「分かった。十乃がそこまで言うなら勝負しよう」
 強気な表情で天月が微笑む――大きくガッツポーズを作った。

 

 

 数分後、素っ裸に引ん剥かれた俺は寮のベッドで枕に顔を押し当てむせび泣いていた。
「なにしてんスかキャプテン、気持ち悪い……」
「この優しさの欠片も無い言葉は疋田か」
 枕から顔を上げ、体を反転させる。疋田が引き攣った表情で俺を見下ろしていた。
「まず服着てください。あと俺の布団に汚いモノ擦りつけないで下さい」
「いや、だって俺のベッド二階だったからさ」
「全然理由になってないです」
 疋田の視線が段々険しくなってきたので、俺はそそくさと自分のベッドに戻ると着替えを引っ張り出した。
「で、何かあったんですか?」
「ああ、『俺だけの独占ストリップショー』になるはずが『俺のストリップショー』にされた」
「はぁ、それは……なんつぅか、ご愁傷様です」
 珍しく疋田の声は同情的だった。というか目が可哀想なものを見る目だったのを俺は見逃さなかった。
「やっぱり、タダで何かをしようとしたのが間違いか――ペラが欲しい」
「いや、それ以前に色々と間違ってると思いますよ」
「具体的には?」
「先輩の頭とか」
 真顔で言われたのでキレる気も起きなかった。ていうかキレても返り討ちにされるのが関の山だ――なら、頭脳戦でコイツをはめてやる。俺は舌なめずりをした。
「なあ疋田、いい話があるんだけど耳を貸してくれないか」
「はぁ。裸になれとか言い出しませんよね」
「言わねぇよ。それより、まずはこれを見てくれ」
 そう言って、こんなこともあろうかと密かに隠し撮りしていた真薄のお着替え写真を取り出した。見た瞬間、顔を真っ赤にした疋田が鼻を押さえて蹲る。俺はニヤリとほくそ笑んだ。
「いい写真だろ? いつか女子更衣室を撮るため、俺が考慮を重ねたアングルとポジショニングだからな」
「ぐ、ぐ……」
 疋田は鼻にティッシュを詰め込むと、欲望でギラついた目で写真を凝視した。取られないように注意しながら、俺は親指と人差し指で円を作る。
「欲しいか、疋田。なら金だ、お前の持ってるペラを残らず出しやがれ!」
 写真の魔力には抗えない――ナオから学んだことだった。
「それはそうと、キャプテン。アングルはともかく、こんな写真どうやって撮ったんですか?」
「ん? そりゃ、バッグの中にカメラを忍ばせたり、靴の先に鏡をつけてそれを撮ったりだな」
「あざーっすキャプテン、勉強になりました! それと、盗撮は犯罪ッス」
 疋田は帽子を取り一礼すると、爽やかな笑顔で俺を昏倒させた。意識が飛ぶ寸前、疋田が真薄の写真を嬉々とした様子でかっぱらっていくのが見えた――この世は不条理だ。

 

 

 廊下を歩いていると、原田が窓の外を眺めながら紫煙を燻らしていた。もはや隠す気はさらさら無いらしい。
 俺の姿を見つけると、煙草を廊下に吐き捨て靴の裏ですり潰した。そして何事も無かったかのように、口の端だけでニヤリと微笑む。
「十乃。待っていたぞ」
「……敢えて何も言わないけどな。今日もギャンブル?」
「その通りだ。ここに一枚のコインが――」
「ちょっと待ってくれ、原田」
 コイントスを始める前に声をかける。怪訝そうな目を向けてくる原田に、俺は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「いつも俺がギャンブルをする側じゃつまらない。たまには、原田が俺に挑戦するっていうのはどうだ?」
「ほぅ――面白い」
 原田の目が喜色に染まる――そして、獲物を喰らう野獣のように鋭くなる。コイツ、絶対高校生じゃねぇ。
「それで、どんなギャンブルだ。カードか、コインか?」
「いや――アレにしよう」
 そう言って、俺は親指で窓の外を示す。その先では、カズがのんびりと昼下がりの散歩を楽しんでいる最中だった。
「どういうことだ。あの女の行動を当てるのか?」
「いや、違う。お前が当てるのは、カズの下着の色だ! ちなみに、俺は見なくてもスカートの中の色が分かるぞ」
「な、なんだと……流石は俺の見込んだ男だ、十乃」
 驚愕と崇敬の混ざった瞳で見られる。
「さあ、当ててもらうぞ原田。カズの下着は白か、それ以外か!」
「くっ……年頃とこの辺りの下着の販売事情、そして俺の好みを考慮すれば白……だが、この手の博打では一見確率の高いものほど疑わしい――と見せかけて、やはり俺は白を選ばせてもらうぞ」
 誰に見せかけたのか知らないが、原田が落ち着いた様子で呟く。俺は首を横に振った。
「残念だったな、原田。今日のカズは、白じゃない」
「なっ、なんだと! す、少し待っていてくれ」
 そう言うや否や、原田は窓から飛び出すとカズへとズンズン近付いてゆく。戸惑うカズを余所に、原田は何か呟くとカズのスカートを捲った。
 遠目にもはっきり分かる黒、俺は両手を突き上げ喜びを表した。
「やったぜ! ハナからこれが狙いだったのさ、原田!」
 原田は見たことも無い拳法でズタズタにされている最中でした。
 ちなみに原田は後で全身に包帯を巻きながら俺にペラを渡してくれた。騙されたとは気付いてないらしい。今度また同じ手を使おうと思う(外道)。

 

 


「さて、何に使うかな」
 大金を手にすることに成功した俺は購買部に向かった。前回の教訓を生かし、周囲には十分気を払っておく。今度こそ、俺は俺のためにペラを使ってみせる。
「あら? 十乃君じゃない」
 誰もいないと十分に確認したはずなのに、一瞬で妙子に見つかっていた。俺は悲しげに首を振りながら振り向いた。
「空気だから気付けなかったのか……」
「え? 何か言った?」
「いや、何も。妙子は買い物か?」
「うん、ノートが無くなっちゃったから。十乃君も?」
「ああ、久々にまとまった金が入ったから、豪遊しようと思って――あ」
 同じパターンで墓穴を掘っていた。俺はもう喋らない方がいいのかもしれない。
 だが、ナオと違って妙子は空気――じゃなくて幾分慎ましい。奢らされたりすることは無いだろうと考え、俺はふぅと嘆息を吐いた。
「ふーん、まとまったペラがねぇ。それって、お菓子とかに使っちゃうの?」
「まあ、購買じゃそれが限界だよな」
「勿体無いわよ。私なら、参考書とか買うのに――そうだ」
 妙子はポンと手を打つと、満面の笑みを俺に向けた。
「十乃君。そのお金で、私が家庭教師してあげようか?」
「え? 何言ってんだよ妙子、俺が勉強なんて――」
「――お姉さんが、大人の勉強を教えてあげるのに?」
 急に色っぽい声になる――騙されるな。
「お、大人の勉強じゃ分かんねぇよ。何を教えてくれるんだ?」
「そうね……子供のつくりかた、なんてどう?」
「ゼヒお願いします、お姉様」
 俺は跪いてペラを全て差し出した。

 

 

「……今度こそ生きていけない」
 妙子は俺を人気の無い教室に案内した。そこで俺は三時間みっちりと生物の勉強をさせられた。途中から善先生も加わり地獄のような時間はさらに濃度を増した。クソ、何が染色体だ、遺伝子だ――妙子め、いつか俺の遺伝子を(ピー)して(ピー)してやる。
「む――誰かと思えば、十乃か。何をしている、こんなところで」
 顔を上げると、見回りの途中らしい神条がこちらを訝しげに見ていた。涙目の俺を見た瞬間、神条の眉がぴくりと吊り上がった。
「何があったんだ、お前ほどの男が泣くなんて。よかったら、私に話してみろ」
「ああ、妙子に子供の作り方を教わってた」
 ストレートに答えてみた。神条の顔が盛大に引き攣った。言葉が足りなさ過ぎたことに今更気が付いた。
「十乃。どうやら、じっくりと話を聞かせてもらう必要がありそうだな」
「ま、待て神条。最後にもう一言だけ言わせてくれ!」
「ふむ。まあ、一言くらいならな」
 なんとか命を繋ぐことができた。次の一言を間違えると俺は強制指導されかねないので、慎重に選択肢を吟味することにした。

 

A 俺は妙子に騙されたんだ!
B いや、男は黙って罪を受け入れよう。
C 箱の中の猫だ。
 →C

 

「……箱の中の猫だ」
「おい、このバカ者をすぐに連行してくれ」
「はっ!」
 いつの間にか両脇にいた監督生に拘束され、俺はずるずると引き摺られてゆく。
 エンディングっぽい選択肢だったのに――エンドになったのは俺のようだった。あっ、今上手いこと言った?