ほんのりまろびね

パワプロクンポケット(パワポケ)の二次創作小説(SS)をぼちぼち書いてます。

緑聖地巡礼

(初出:2008年)

 

ひ ど い テ ン シ ョ ン

 

 

 ここは某県のとある民家。何の変哲も無い住宅街の何の変哲も無い一軒家である。
 今その家の前で、一台の自転車が耳に残るブレーキ音と共に停止した。運転手である少年はそれを家の脇に運ぶと、ポケットを漁りキーホルダーのついた鍵を取り出した。慣れた手つきで鍵穴に差し込み、ドアを開ける。靴を適当に脱ぎ散らかし家に上がると、ちょうど現れた母親がそれを咎めるように眉を顰めた。
「こら、ちゃんと靴くらい揃えるんだよ」
「今更だろ? 別にそのくらいいいじゃん」
「やだねぇこの子は……お友達はちゃんと靴を揃えたわよ」
「お友達?」
 少年――ご存知、7の主人公が玄関の脇に目をやると、そこにはどこかで見覚えのあるような靴が四足綺麗に並べられていた。咄嗟に記憶を辿るも、その持ち主まで思い出すことはできない。
 7の主人公はぶつぶつ文句を言いながらも、やはり体裁を気にしてかひっくり返っていた靴を揃えた。
「それで母さん、友達って? 湯田君?」
「違うわよ。えーと、名前はなんていったかしら」
 母親が名前を覚えていないと言うことは、高校時代の友達ではないらしい。
「まあいいや、会えば分かるし。俺の部屋?」
「そうよ。それにしてもアンタ、結構いい友達いるわねぇ」
 年甲斐も無く頬を染める母親に、少年は包み隠さず怪訝な目線を向けた。もちろん、その関心は既に母親の態度ではなく、その『友達』の方に向けられている。嫌な汗が額を湿らせていた。
「四人揃って、二枚目って感じ? アンタとは釣り合わない友達よねぇ」
「四人……二枚目……ま、まさか」
 認めたくは無いが、7の主人公が思い浮かべた連中はそこそこのイケメンであった。
「口も上手いのね。アンタもちょっとは見習いなさいよ、まったく」
「もはや確定的じゃねぇかっ」
 少年はそういい残すと、一目散に階段を駆け上がり自分の部屋を目指す。どうしてよりにもよって自分の部屋にいるのか、というかそもそも人の留守中に部屋に通す母親は如何なものなのか。7の主人公の脳内を走馬灯の如く様々な思いが駆け抜け、すぐに消えた。そんなことより、今奴らは自分の部屋で何をしでかしているのか。
 部屋の前に辿り着く。荒い息を整えながら、そっと部屋の中に耳をそばだてた。
 何も、聞こえない?
 いつもならばやかましいほどの四人が、今日に限って静かというのは不可思議以外の何物でもない。昼寝でもしていてくれ、と微妙にキモイ願いを込めつつ、少年は恐る恐る襖の取っ手をスライドさせた。
 そこには――

 

 

 

 

 

「おっ、このページ開き癖がついてるぞ」
「どれどれ……ほー、アイツはこんな趣味なのか」
「少し顔が梨子ちゃんに似てないか? まぁ、首から下がボインちゃんだがな」
アイコラじゃないか?」
 寝転びながらエロ本を四方から囲む、いつもの四人組の姿があった。
「キモ過ぎだろっ! 大の大人が四人で一つのエロ本にたかるなよ!」
 叫びつつ輪の中心にあるエロ本をひったくる7の主人公に、四人の視線が集まる。残念そうに本を見送っていたそれは、すぐに哀れみを含んだものとなって少年へと向けられた。
「な、なんだよ」
「いや、お前も苦労しているんだなーと思ってな」
「スタイルなんて関係ない、梨子ちゃんにはハートがあるだろ」
「いや、ペタンコはペタンコでいいと思うぞ? なぁ、貧乳同盟」
「イオリンのを分けてやりたいのも山々なんだが……スマン7の主人公、さすがに無理だ。諦めてくれ」
「全部余計なお世話だからなっ!」
 とても失礼な会話である。本人が聞いていたら全員空き缶の餌食なのは間違いないだろう。ていうか貧乳同盟って何だ。
 閑話であるが、梨子嬢が貧なのはいつぞやの温泉旅行でメンバー全員に知れ渡っている。異論は認めません。だって梨子だけ海イベントないし。
 7の主人公はエロ本をそそくさとベッドの下の定位置に仕舞い込みながら、ここもそろそろ限界だろうか、と深く溜息を吐いた。
「ふふふ、これからそのページを開くたびに俺たちのことを思い出すぞコイツ」
「はっはっは、作戦成功だな」
「使えなくなったらもらってやるから安心しろ、な?」
 とても子供っぽい連中である。
 でも実際思い出しそうだよなあ、と悪寒を感じつつ7の主人公は四人の輪に加わった。
「ていうか、そもそも人のエロ本を勝手に漁るなよな」
「この部屋には、暇潰しのできるものが少なかったからな……」
「年頃にしては、ゲームとか持ってないのな」
「まぁ、俺は野球にしか興味なかったし。そもそも金だってあんま持ってなかったからな」
 その発言に、四人は額を手で抑え嘆息した。心なしか視線まで冷たいものに変わっている。微妙な居心地の悪さに、7の主人公は声を荒げた。
「い、言いたい事があるならはっきり言えよ!」
「いや、梨子ちゃんは彼氏が貧乏人で不憫だなぁ、ってな」
「和桐は安月給だが、俺は八割を『詩乃費』に当てているから無問題だ」
「もったいないよなぁ。いっそ、俺の二人目の妹にしてみるか」
「少年、世の中やっぱり金は必要だぜ」
「いや、とりあえず9の主人公に言われたくは無いから」
 はっきりと本当の事を言われ、項垂れる9の主人公。いつもに増してよく分からないテンションで攻められまくっている分、今日の7主人公はちょっとブラックであった。
「そういや、母親がなんかやたら懐柔されてたけど……お前ら、何したのさ?」
 いくら容姿がよくても、息子の部屋でエロ本鑑賞をしていれば好印象は持たれまい。その疑問を口にした少年に、四人は前髪をかき上げ不敵な笑みを集中させた。傍から見ると相当にキモい。
「俺は『奥さん、おいくつですか?』とな」
「次に『美しすぎる……あなたのような素敵な方は、見たことが無い』」
「そして『あなたと出会うのがあと少し早ければ、運命は変わっただろう』」
「最後に『その美貌が、永久に輝き続けることを願っています』とな」
「もう何からツッコめばいいかわかんねぇ……」
 何度も言うようだが、基本的に彼らの行動に意味は無いことは留意していただきたい。
 7の主人公はこめかみを押さえながら、すっかりツッコミ役が定着してきていることに息をついた。
「ちなみに、その意図は?」
「もちろんただの暇潰しだ」
 暇潰しに人の家の母親を使うな。
「……はぁ、もういい。それで? 今日は何しに来たのさ」
 盛大に溜息を吐きながら、どうせまたあまり社会的にはよろしくない用事なんだろうな、と高を括る7の主人公。
 最近では、緑の会が召集されていないときも五人でつるんでいる姿が数々目撃されている。その目的は大抵どうしようもないことであり、とある日はスイミングスクールの覗き、とある日は女子高の体育の覗き、またとある日はヨガ教室の覗きであったりとロクなことは無い。というか、全部覗きである。
 今回はどこを覗くつもりだろうか、まさかそろそろ更衣室とか言い出さないだろうな、と警戒の意を込めて睨む7の主人公に、四人は鼻を鳴らした。
「うむ、今日はお泊り会だ!」
「長期休暇恒例、親睦を深める合宿というわけだ」
「夜の枕投げは当然やるよな?」
「好きな子の名前、言ってもらうからな」
 この四人はまんま小学生だった!
「……ゴメン、お前らと一晩を共にするくらいならまだ覗きの方がマシだ」
 ふらふらと壁にもたれかかる7の主人公。しかしその言葉はこの四人の前では問題発言過ぎた。
「聞きましたか6の奥様」
「勿論ですわ! 汚らわしい……ケダモノね」
「思春期の男なんて、性欲が服着て歩いてるようなものですわ」
CCR特注のICレコーダーでばっちり録音しましたわ」
 ちなみにそれは特注の必要性は無い。
 何故か井戸端会議風にヒソヒソ話す四人を尻目に、7の主人公は一足早く風呂に入って一人になろうと考え、そっと部屋を後にした。
「む、もしかして風呂か?」
「丁度いい、俺らも入ろうぜ!」
「俺、CCR特注のアヒルちゃん持ってきたぜ」
「風呂か、一週間ぶりだからワクワクするな!」
 一人にはなれないようだった。
 少年は何度目になるか分からない深い溜息をつきながら、とぼとぼと階段を降り始めた。
 ていうか9の主人公は風呂ぐらい入りなさい。

 

 時間は矢のように過ぎ去り、深夜の一時。
 7の主人公家の食卓は大勢の来客により一名を除き大層賑やかな食卓だったようだが、そこは諸事情によりカットである。主に7の主人公がネタにされて終わった、とだけ言っておこう。
 枕投げで騒いでいた四人もさすがにこの時間となると大人しい。まあ、それもこれも騒ぎで眠れない母親の乱入があったからなのだが。もちろん叱られたのは7の主人公一人である。
「なんで俺が……何もしてないのに」
「まあそうブルーになるな少年。一応謝ったじゃないか」
「そうそう、ベッドも譲ってやったしな」
「俺らが布団なのにな、羨ましいぜっ」
「大人が布団で寝る中、一人だけ。すごい優越感だろ」
「ここ、俺の部屋だからなっ!」
 既に我が物顔だった。傍若無人というレベルはとうの昔に超越している四人組である。
「まあそう固いこと言うなよ。友達だろ?」
「そうそう、一緒にあちこち覗いた仲じゃないか」
「お前らばっか楽しんでたよな!」
 こういうときは何故かやたら親しくなる連中である。
 少年が覗きについていくときは大抵が見張りか様子見だった。ずっとお預けを喰らっていた傷は深い。
「悪かったよ、今度はお前にも見せてやるからさ」
「いや、別に見たくも無いからいい……」
 疲れたように、いや実際疲れているのかごろりと寝返りをうつ7の主人公。このまま今日は眠ってしまいたい気分だった。
「む、寝る気なのか7の主人公?」
「寝させてくれよ……まだ何かあるのか?」
「当然だろう。まだ今回の目的を言っていないじゃないか」
「まさか俺たちが、お前のお母さんを口説くためにわざわざ出向いたとでも思っているのか?」
 口説いたのか。7の主人公はもう一度四人へと向き直り、一応聞いてやるかと気だるげな視線を送る。
「うむ、では発表しよう。今回の目的は――」
 ゴクリ、と三人が唾を飲む。とても息の合っているところを見ると練習でもしたのかと疑ってしまう。ていうか、お前らは知ってるんじゃないのか。
「――聖地巡礼だ」
「はぁ? 宗教でも入ったの?」
 思わず呆けた声をあげる7の主人公、だがそれも無理のないものだ。いきなり聖地巡礼といわれてもさっぱりだろう。
 5の主人公はニヤリと企みのある笑みを浮かべると、人差し指を立てて説明した。
「違うな、少年……今の季節、女性の敵と言えばなんだと思う?」
「それと聖地巡礼の、何の関係があるってんだよ……」
「いいから、早く答えろって」
 急かされるまま思考を巡らす。その様子を四人は含みのある笑みを浮かべながら見続けていた。
 少年は唸ると、自信がなさそうに小さく呟いた。
「花粉、とか?」
「まあ確かに天敵ではあるが、それは人類全体だ。女性限定ではない」
「もっと絞って考えるんだ、少年!」
「と、言われてもなあ……」
 他に思いつくものもない、と7の主人公は仰向けになった。
 ガタガタと、強い風が窓を揺らしていた。安普請な建物は隙間風こそ入ってこないものの、窓やドアなどの造りは荒い。
 そういえば、春一番だとか言っていたっけ――7の主人公の脳裏に、晩御飯の時に見たニュースの天気予報がフラッシュバックする。今日から明日にかけて、とても風が強くなるらしい。
「ハッ、まさかお前ら!」
 がばっと布団を跳ね除け、四人に顔を向ける。いやらしい笑み、ますます嬉しそうに歪んだ。
「ふふふ……そうだ少年、それこそが正解だ!」
「いや、俺まだ何も言ってないけど」
「お前のことは例えスリーサイズだろうと手に取るようにわかるから安心しろ」
 それはとても嫌だった。
「で……聖地巡礼ってのは?」
「なんだ、そこまで分かっているのにダメなのか」
「監督、コイツは俺の見当違いだったかもしれねえ……」
「いや、お前らの眼鏡には絶対適いたくないから。ていうか、一生経ってもその思考には追いつける気がしねぇ」
「ふっ、そんなに褒めるなよ」
 まったく褒めていない。
「では見当違いの7の主人公の為に答えを言ってやろう」
「なんか引っ掛かるよな……別にいいけどさ。続けてくれ」
 その言葉に、待ってましたとばかりに四人が立ち上がった。
「聖地というのは、スカートの中のことだ!」
「そして巡礼とは勿論、緑の会の聖地を拝むこと……」
「つまり、今回の作戦の内容は彼女たちの聖地を見て回ること」
「理解したか、若造?」
 こいつら、ホンマモンのアホや――7の主人公は、口に出さずに呻いた。
 要はただのパンチラである。
「どうした7の主人公、いつもに増してアホ面だぞ」
「ほっとけよ! ていうかお前ら、本気で言ってる?」
「ふふ……7の主人公よ、スカートとはどうしてあんな形状をしているか考えたことはあるか」
「また突然、何を言い出すんだよ……無いに決まってるだろ」
「俺はあるぞ!」
 威張るな。
 胸を張りふんぞり返る5の主人公に、少年は憐憫とも軽蔑ともつかぬ視線を送った。
「師匠! その答えは!」
「そう焦るな8の主人公。慌てなくてもスカートは逃げん」
 当たり前である。
「ずばり言って……スカートの形状、あれは捲るためにある!」
「なるほど!」
「スゲェ!」
「さすがだ!」
「そんなわけあるかっ!!」
 そんな本末転倒的な衣服は誰も考えないだろう。
 勿論7の主人公のツッコミなど気にせず、5の主人公の演説は続く。
「考えてもみろ。あのヒラヒラした感じ、見えそうで見えない長さ、すらりと伸びる足! 捲ってくれとしか言っていないだろう?」
「確かに……」
「俺もそうだと思ってたんだよな」
「学会に報告すべきじゃないのか」
「一つとして、説得力無かったからな」
 ていうか学会ってどこだ。
「というわけで、だ。7の主人公君」
 突然隣に寄り、肩に腕を乗せる5の主人公。やけに馴れ馴れしいときは、決まって――
「もちろん君も乗るよね、この作戦」
 こんな提案である。
 少年に、既に断る気力は残っておらず。ただ力なく、項垂れるだけだった。

 

 


 夜が開ける。運命の日は、遺憾ながらも雲ひとつ無い蒼穹の下で、ゆっくりと動き始めていた。

 嵐のように強い風の吹き抜ける公園、幼児用シーソーの上で腕を組み悠然と立つ男が四人。
「うむ、天気予報の通りだな」
「すごい風だ……これならばきっと俺たちの願いも叶うだろうな」
「この風なら、きっと全てのスカートを捲ってくれるぜ」
「へっへっへ、待ってろよ俺らの聖地よ!」
 カッコいいのはポーズだけ、いやポーズすらもカッコ悪い。
 子供を連れて和やかな時間を過ごそうとやってくる母親が、シーソーを見た瞬間に何かをぶち壊しにされたかのような顔をして逃げ帰ってゆく。
 その様子を脇から見守っていた7の主人公が、溜息混じりに首を振った。
「どうした少年! お前も一緒にポージングをしないのか」
「戦隊モノは五人が基本だぞ」
「いつから戦隊になったんだよ……」
「既に配色も決定済みだ」
「お前、グリーンな」
「え? 俺の意見は完全無視っすか」
 異議を申し立てる少年を軽く無視し、不敵に微笑む四人。
 適度に間隔を取ると、一人ずつポーズを取り名乗りを上げてゆく。
「燃えるホッパーズの壮年ピッチャー、グリーン!」
「未来からのスーパーエージェント、グリーン!」
「ハードボイルドなCCRの暴れ牛、グリーン!」
「イキでクールなナイスガイ、グリーン!」
「みんなグリーンなのかよっ!」
 しかも9の主人公に至っては使い回しだ。
 四人はそんなツッコミも気に留めず、吹き付ける強風の中華麗なポーズを決めている。
 ふと5の主人公が腕時計に目を落とし、驚いたように目を大きく開いた。
「む、もうこんな時間か。そろそろ作戦に移らなければいけないな」
「いよいよだな……腕が鳴るぜ」
「カメラの準備はバッチリだぜ」
 今回も犯罪まっしぐらだった。
「では行くぞ! まずは我が彼女、めぐみからだ!」
 おう、と三人の気合の乗った声と共に、公園を後にする男たち。
 そのやけに堂々とした背を眺めながら、7の主人公は風に押されるようにふらふらと歩き出した。
 ――結局お前もついて行くのか。

 

 Fragment1:濃緑のメイド・めぐみ
 男たちが訪れたのは、先程とはまた別の公園だった。
 五人は植え込みや木の影に身を隠しながら、少しずつ公園の奥へと歩を進めてゆく。そして、円形に開けた広場に彼女はいた。
 中心に噴水のある静かな広場。噴水を囲むように点在するベンチの一つで、めぐみは一人本を読んでいた。
「ターゲット発見だ」
 5の主人公が後ろを振り向きながら親指を挙げる。返ってきた返事は当然三つだ。
 四人はめぐみの姿を知覚すると、次々に腰を落としそれぞれの双眼鏡で観察を開始した。
「お前らさ……頼めば見せてもらえるだろうに」
「少年、それはそれで結構問題発言だぞ」
「そもそも、頼んで見せてもらうのではロマンが無いだろ」
「飽く迄『偶然』ってのがポイントなんだよ」
「グダグダ言ってないで、早くお前も覗いたらどうだ」
 支給された双眼鏡を渋々覗いた少年、信じられないものを見たように眉を顰めた。
「……なあ、これは俺の目がおかしいのか?」
「ん、どうした」
「いや、俺にはめぐみさんがメイド服を着ているように見えるんだが」
 7の主人公の言うとおり、めぐみは白昼、それも屋外の公園だと言うのにフリフリのメイド服に身を包んでいる。やはり人目が気になるのか、めぐみは時折恥ずかしそうに本から目線を上げチラチラと辺りをうかがっていた。
「くぅ、あの恥らう視線がタマラネーっ!」
「いや、当然のように流すなよっ」
「なんだよ7の主人公、めぐみちゃんがメイド服であることに何か問題があるのか」
 当然のように言い返す6の主人公。これ以上言うと「おかしいのは目じゃなくて頭な」と言われかねないと、7の主人公は溜息を吐いた。
 少年が折れるのを待っていたかのように、それと同時に5の主人公が片手を上げ収集をかける。
「よし、ではまずプレゼンターは俺だ」
 ぐ、と拳を握る男に喝采が飛ぶ。
「よっ、頑張ってくれよ大将!」
「幸先いいのを一発な!」
「頼むぜ、グリーン!」
「いや、全員グリーンだからな」
 5の主人公は男たちの声援(一部ツッコミ)に無言で頷き、立ち上がりめぐみに向けて歩き出した。
 ゆっくりと遠ざかる背を見送りながら息を荒げる8の主人公の袖を、7の主人公はくいと引っ張り疑問をぶつけた。8の主人公は酷く興が削がれたような表情で振り返る。
「なぁ、プレゼンターって何さ?」
「ぁん? なんだ、そんなことも知らないのか。和訳するなら提供者、ってとこだな」
「いや、それは分かるけど……」
 じゃあなんだ、とばかりに8の主人公が片眉を上げた。
「今回のミッションってさ、その……パンチラだろ?」
 やはり躊躇いがあるのか、声を潜める。
「ああ、そんなんで恥ずかしがるなよな。大声で言うぐらいの度胸を見せろ」
「それ犯罪だからな」
「なんだ、みみっちいヤツだな……それで、なんだよ」
「いや、それってさ……自然現象じゃないの?」
 その通りである。
 そもそも昨日の晩に話された計画の内容は、春一番の突風であわよくば、というものだったはずだ。
 それは理解しているのか、8の主人公は訝しげに少年を見返した。
「当たり前だろ。まさか俺らが直接スカートを捲るとでも思ったか」
 こいつらならやりかねない――
 とは口には出さず、便宜上首を横に振る。
「そうだろ。全く、何を言い出すんだこの小僧は」
「あー……だったらさ、ズバリ言ってプレゼンターの役目って何さ?」
 まどろっこしくなった少年が単刀直入に問う。
 一体直接捲る役で無いとするなら(というかその時点でパンチラではないのだが)、プレゼンターとは果たしてどんな役回りなのか。
 8の主人公は顎を摩りながら唸ると、明後日の方向を見ながら呟いた。
「……アシスト、だな」
「アシスト?」
「まあ四の五の言う前に見りゃ分かる。黙って見てな」
 そう言うと、再びめぐみの観察に戻る。7の主人公も腑に落ちない表情をしながらも、それに従った。

 

「よお、めぐみ。待たせたな」
 何事も無かったかのように、片手を上げながら微笑む。めぐみはばっと本から顔を上げると、すぐに5の主人公の元へと駆け寄り頬をぷーっと膨らませた。
「遅すぎです」
「悪い悪い。ちょっと野暮用があってさ」
「もう……それって、わたしより大事な用事ですか?」
「んなわけ無いだろ。ちょっと場所が遠かっただけだって」
「それに、よりにもよってメイド服で会いたいだなんて……」
 家で着る分には問題ないめぐみでも、やはり公衆の面前となると話は別のようだった。
 そのメイド服にもいささか問題があった。フリフリの装飾をあしらったスカートが、何をするまでも無く見えてしまうのではないか、と思えるほど短い。他にも露出部が多いところを見ると、この服はそもそも普通に着衣するものではないのではないか、と疑ってしまう――とにかくそんな服装だった。もちろん5の主人公の購入品である。
「たまにはそんなデートもいいかと思ってさ。悪いな」
 5の主人公は明るく笑いながら、顔の前で両手を合わせ片目を瞑る。その表情は、決して他の四人とツルむときには見せない爽やかなものだ。
 その笑顔に毒気を抜かれためぐみが、顔を赤く染めながら俯いた時、狙い済ましたかのように突風が吹きつけた。
「キャッ!」
「めぐみっ」
 突然の強風によろめくめぐみを、5の主人公ががっしりと正面から抱きとめる。
 すっぽりとめぐみの頭が自分の胸に収まったことを確認すると、5の主人公はさっと腕を伸ばしスカートのフリルを掴んだ。

 

「ってちょっと待てっ!!」
「今だ、シャッターチャンス!」
「くっ……黒下着とは、予想外だぜめぐみちゃん!」
「まさか勝負用だったのか!? とにかくナイス聖地!」
 どんな褒め言葉だ。
 7の主人公のツッコミ虚しく、ボルテージの上がりまくった三人の歓声が響く。ちなみにカメラは例の如く無音である。
 現場では何が起こったかは全く知らないめぐみが、未だに5の主人公の手中で大人しくしていた。三人の声は届いていないか、もしくは乙女の感性でシャットダウンしているのだろう。
「ふっ、さすがグリーン……バッチリ取れたぜ!」
「ええい、だからちょっと待てっ」
「なんだ7の主人公、うるさいヤツだな」
「今どう考えても直接捲ってたよなあっ! どこがアシストだ、オイっ!!」
「大事の前の小事だ、小さいことにこだわると長生きできないぞ」
「こ、こいつらはあああっ!!」
 今回の7の主人公は絶叫しっ放しである。
 そうこうしている間にカメラ役の8の主人公がSDカードを一つ使いきり、彼らの初戦は無事に成功を飾った。

 

 Fragment2:深緑の巫女・詩乃
 場所を移し、ここは詩乃の住む神社である。
 境内をまったりと掃除する巫女装束を纏った詩乃を、遠くの茂みから見守る五つの影――
「予定通り、詩乃ちゃんは巫女服だな」
「おうよ。事前に話はつけてあるぜ」
「裾が長い。難易度高いぜ、6の主人公……」
「だがお前ならきっとやってくれると、俺は信じてるぜ」
「……」
 最後のセリフはもちろんツッコミに飽きた7の主人公である。
 もうどうとでもして下さい、と言いたげな彼だったが、ふとある事を思い出し6の主人公の裾を引っ張った。
「なあなあ、ちょっと気になったんだけどさ」
「なんだよ、詩乃ちゃんの下着の色か? 今日は薄い水色だよ」
 なんで知っている。
「いや、そうじゃなくて……巫女さんって、普通は下着をつけないんじゃないか?」
 和服は基本的に下着をつけないものではないのか、と言いたいのだろう。
 その質問に対し、6の主人公は舌を鳴らしながら指を振った。かなりムカつく構図だ。
「抜かりは無いに決まっているだろう。ちゃんと今日は穿くようにと言っておいた」
 淡々と言ってのけるがかなりセクハラである。
 7の主人公はズキズキ痛み出した頭を抱えると、最後に一つだけと残っていた疑問を口にした。
「ていうか、なんでわざわざ巫女服にしたのさ……」
「愚問だな。ロマンに決まっているだろう、ロ・マ・ン」
 歌うように節をつけながら発音する6の主人公。
「ロマン……?」
「ああ。巫女の下着と言えばロマン以外の何物でもないだろう?」
 親指を持ち上げ、にかっと歯を見せて笑う6の主人公を見ながら、少年はこいつらのロマンは一生理解できないとしみじみと感じた。
「よし、じゃあそろそろ行ってくるかな」
「任せたぞ、6の主人公!」
「グッドラック!」
「いい絵になるのを期待してるぜっ」
 男たちの激励を受けながら、6の主人公は茂みから出て行った。

 

 遠くから歩いてくる6の主人公に気がつき、詩乃は掃除の手を休め大きく手を振りそばに駆け寄った。
「よ、詩乃ちゃん。今日も可愛いな」
「えへへ……あなたも、かっこええよ」
 言って、二人で顔を染め視線を逸らす。最高のバカップルぶりである。
 6の主人公は境内を見回すと、わざとらしく声を大きくした。
「しっかし、こんな広い境内を一人で掃除してるんだろ? お疲れだよな」
「ん、そーでもないよ? お父さん、たまに手伝ってくれはるし」
「たまに、だろ? いつもは一人じゃないか」
 6の主人公の指摘に、人差し指を口元に寄せ考え込む詩乃。これがただの世間話などではなく、機をうかがう男の巧妙な作戦だとは知る由も無い。巧妙かどうかは甚だ疑問だが。
「でも……わたし、こうしてるの、好きやから」
「ん? 掃除が?」
「あはは、そうやあらへんよ」
 詩乃は軽く笑うと、澄み切った空を仰ぎ見た。
「こうして掃除をしながら、あなたが来るのを待つのが、や」
「詩乃ちゃん……」
 驚いた様子で6の主人公が詩乃の顔を覗きこむ。もちろんこれも演技である。
「掃除も好きなんよ? あなたと会えたのも、こうして掃除しとるときやったし」
 照れ隠しのように付け足すも、ますます自身の顔は紅潮していた。
 二人の間に流れる、こそばゆい空気。それを誤魔化すように、6の主人公はあ、と声を上げた。
「詩乃ちゃん、袴にゴミついてるぜ」
「ホント? どこどこ?」
「ん。俺が取ってやるから、じっとしてて」
 そう言うと、6の主人公はそそくさと詩乃の後ろに回り始める。詩乃はそれを軽く目で追うだけで、どうして後ろにあるゴミに目が行ったのか、については詮索しようとはしない。
 6の主人公は、同志たちの潜む茂みと詩乃との間で止まり身を屈めた。
 そして、ゆっくりと息を吸い大声を吐き出した。
「あ! コイツはゴミじゃなくて毛虫だっ!」
「え!? と、取って!!」
「任せろ――ん! コイツ、物凄い吸いつきだっ!」
 実にわざとらしい解説と共に、6の主人公は長い袴の裾を一気に捲し上げた。

 

「おおっ、予告通り薄い水色だぜっ」
「難易度の高い袴を簡単に……さすがだぜ、6の主人公!」
そこにシビれる、憧れるゥ!!」
「……」
 鼻の下を伸ばしながら茂みでハッスルする三人を、7の主人公はなぜかとても優しい視線で見ていた。
 それに気がついた5の主人公が詩乃から目を離す。
「どうした少年。詩乃ちゃんを見ないのか?」
「ほっとけ5の字。コイツは今、感動に打ち震えているところだ」
「そんなわけあるかっ」
 自分の本職を思い出す。ツッコミが体に沁み込んできているのが無性に悲しかった。
「背面のゴミに気付けるかっ、毛虫がそんな吸い付くかっ、そもそも風が吹いてねえーーーっ!!」
 連続ツッコミを一口に言い切ると、ぜえぜえと肩で息をし始める。こいつも結構アホだった。
 上下する肩を、5の主人公がぽんぽんと叩く。見上げると、青空に負けぬほど晴れやかな笑顔がそこにあった。
「いいじゃないか、そんな事は。聖地の前では無意味な問題さ」
「お前らもう普通にスカート捲れなっ!」
 7の主人公の問題発言が増えてきていた。

 


「さて、次は……」
「順番的に言えばリコちゃんなんだが」
「まだ交渉済みじゃなさそうだしな。後回しだ」
「おうっ」
 何の交渉だ。

 


 Fragment3:若緑の少女・アカネ
「というわけで、先に我が妹の聖地と行こうか」
「ああ、こうしてリコも汚されるのか……くわばらくわばら」
「汚されるとは失礼なヤツだな」
「そうだ、聖地を拝見するだけだぜ」
 十分汚しまくりである。
「もちろんその時のプレゼンターは小僧、お前だからな」
「スカート捲る役ね……まあ、お前らにはやらせたくないし、やるよ」
「お、なんだかんだ言って乗り気ですよこのコ」
「ひゅーひゅー!」
 小学生のような囃し方だった。
 さて、そんなわけでここはホッパーズ寮のそばにある公園である。時間はまだ昼を過ぎた辺りであり、平日の公園はとても閑散としていた。なぜコイツらが仕事をしていないかはツッコんではいけない。
「アカネはここに呼んであるから、じき来るだろうな」
「手回しがいいな、さすがCCRだぜ」
 CCRはほとんど関係が無い。
「じゃ、俺は行ってくるからカメラは任せたぜ」
「おうっ、真下からのベストアングルだって任せておけっ」
 それは隠れていない。
 8の主人公はその頼りになるのかならないのか分からない返事に満足げに頷くと、四人のいる植え込みから離れた。それとほぼ同時に、公園の入り口から少女が元気よくパタパタと走りこんでくる。
「よおアカネ。今日も元気だな」
「はいっ! お兄ちゃんが元気である限りアカネもどこまでも元気ですっ!」
「そうか、よしよし」
 8の主人公が頭を撫でると、くすぐったそうに目を細めるアカネ。

 

 ――それを過去二回よりかなり近い距離で覗く、四つの影。
「今回はターゲットとの距離が近いな……」
「こちらの姿がバレたらミッションインコンプリートだな。気をつけろ」
「7の主人公、興奮しても叫び声を上げるなよ」
「それ、お前らだからな……」
 草叢から双眼鏡の先っぽだけが四つ出ている光景はかなり不気味である。
「あれ? 今日のアカネちゃん、制服?」
「なんだ少年、何か問題でもあるのか」
「いや、制服なんて着てるの初めて見たし……ていうか、もう高校生じゃないでしょ」
 的確に現実にツッコミを入れていく7の主人公を、三人は悲しげな瞳で見つめた。
「リアリストか……悲しい性だな」
「女子高生パンチラのロマンが分からないんですかね?」
「本家本元、王道中の王道だというのにな」
「なんか俺が間違っている気がしてくるから止めてくれ……」
 俺、昨日と今日だけで十歳は老けたんじゃないかな――
 そう思いながらも、さらに溜息を吐く7の主人公だった。

 

 もちろんそんな目論みがあるとは知らず、アカネは植え込み正面のベンチで8の主人公と和やかに談話をしている。
「それでですね、お姉ちゃんがこの制服を仕立て直してくれたんですっ」
「リンが? アイツ、そんなこともできたのか……」
「見てくださいお兄ちゃん、成長した大人のアカネにもピッタリです!」
 ベンチから飛び降り、くるくるとコマのように回るアカネ。ふわりと、スカートが浮く。
「シャッター・チャーンス!!」
 そして突然響く奇声。当然シャッター音は鳴らない。
 アカネは制服のお披露目をピタリと止めると、声のした植え込みをじっと見つめる。8の主人公はアカネに聞こえないようにこっそりと舌打ちをした。
「お兄ちゃん。今アカネ、とてもヘンな声を聞きましたっ!」
「き、気のせいじゃないか? 俺は何も聞こえなかったけど」
 冷や汗を浮かべ、吃音混じりに誤魔化そうとする8の主人公。それでも、アカネは周囲の捜索を止めようとはしなかった。
「怪しいです……陰謀の匂いがしてきましたっ」
「ど、どんな匂いなんだそれは」
「例えです。具体的に言うならコーヒーと硝酸ストリキニーネって感じです」
「例えの内容より俺は、どうしてお前がそんな毒薬を知っているのかが気になるぞ……」
 そしてアカネは、植え込みの中からはみ出している双眼鏡を発見した。
「むむっ、怪しいもの発見ですっ! お兄ちゃん、これはなんでしょう?」

 

 植え込みの中は軽くパニックだった。
「おいおいヤバイぜ……どうするっ」
「マズッたな5の主人公。声を上げたい気持ちも理解できるが、さっきのはマズかった……」
「いや、理解できないだろっ。どうすんだよ、逃げるか?」
「いや、まだカメラに収めていない……まだだ、もう少し粘らせてくれ」
 カメラマンであった5の主人公は苦悶の表情を浮かべながら、歯を食いしばり懇願する。
 その姿に、腰を浮かせかけていた6と9の主人公が座り込んだ。
「……いいのか?」
「何がだよ」
「逃げなくて、いいのか」
「バカ言ってんじゃねえ、俺らは仲間だろっ」
「一蓮托生、死ぬときは一緒だぜ」
「……悪い」
 そう呟いた男の頬には、キラリと光る一筋の男の友情があった。
「そこ、動機が不純な友情モノにしようとするなっ」
「今回は野暮なツッコミだな」
「ていうか、今のはノるところだぜ」
「で、逃げないでどうする気なんだよ、お前ら……」
 7の主人公は今にも逃げ出したい気持ちで一杯だった。アカネを通してリコに知られれば、空き缶の刑は免れないことは十分すぎるほどリアルに想像できた。
 5の主人公は堅い表情のまま、ぼそりと言葉を搾り出す。
「プレゼンターを信じよう……」
「8の主人公を?」
「ああ。ああ見えてアイツは、CCR帰りの超人だ……」
「そうだな、きっと何かしてくれるに違いない」
 CCRもまさかその経験をパンチラに使われるとは思いもしないだろう。

 

 アカネは中腰になり、謎の物体を棒切れでつついていた。
「双眼鏡……ですね、これはっ」
「そうだな。きっと誰かの忘れ物だろう」
「いいえ、恐らく違います……これはさっきの声との関連性を疑うべきです」
 やけにアカネの感性が鋭いように思えるが、三メートルも離れていないこの距離ではむしろ鈍いとしか言いようが無い。
 8の主人公はと言うと、先程からずっと忙しなくその場で円を描きながら歩き回っていた。
 アカネが首だけ振り返り、必死に思考を巡らす男に問いかける。
「さっきの声、なんて言ってましたか?」
「さ、さあ……俺はよく聞こえなかったからな」
「アカネには『シャッターチャンス』と聞こえたのですがっ」
「『やったー、キャンプ!』の間違いじゃないか?」
 どんな聞き間違いだ。
「むー、公園でキャンプする人なんていませんよー」
 キャンプどころか泊り込んでいた少女がしゃあしゃあと言ってのける。
「もしかして……アカネのファンの方でしょうか? 制服のアカネを額に収めたかったのでしょうか!」
 残念だがただの盗撮犯だった。
 そのとき、名案が浮かんだのか8の主人公がポンと手をうった。
「アカネ、ちょっとすまないがその場でしゃがんでくれないか?」
 突然の提案に、え? とぽかんと口を開けるアカネ。
「まあまあ、ちょっと気になることがあってさ。とりあえずしゃがんでみてくれ」
「は、はぁ。お兄ちゃんがそう言うのでしたら……」
 少女は言われたまま、腑に落ちない表情ながらもその場でしゃがみこむ。同時に、8の主人公の相貌がニヤリと歪んだ。
 今のアカネはいわゆるヤンキー座り状態である。そして、その足の方向はと言うと――
「うおお、激写だぜっ!」
「うわ、また何か聞こえましたっ! 今度はかなり近いです!」
 少女はすぐに立ち上がると、声のした植え込みを覗き込む。
 が、既にそこに男たちの姿は無く、ただ持ち主を失った双眼鏡が四つ、寂しく転がるのみだった。

 

「むぅ、これは凄い写真を撮ってしまった……」
「M字開脚なんて、なかなか入手できるもんじゃないぜ」
「聖地は純白、と。セオリーが分かっているな、アカネちゃんは!」
「小僧、今日からあのエロ本じゃなくてこっちにしとけな」
「余計なお世話だっ」
 そもそも何に使う気だ。
 カメラに群がる三人の元に、上手くアカネを言いくるめ離脱した8の主人公が戻ってくる。
「よ、上手くいったみたいだな」
「おうよ! さすがCCR出身、やってくれるぜ」
「よっ、この仕事人!」
CCR、まったく関係なかったけどな……」
 要は聖地が見れれば何でもいい四人だった。

 

 Fragment4:浅緑の令嬢・イオリン
 さらに場所を移し、遠前町の川原である。
 馴染み深いこの場所で作戦を遂行しようと、9の主人公は早くも気合入りまくりである。
 どう展開を持っていこうかと思考を巡らせる男をよそに、残りの四人は円陣を組み会議を開いた。
「で、少年。リコちゃんの承諾は取れたのか?」
「ああ……一応呼び出しには成功したよ」
「スカート着用だぞ、指摘したのか?」
「すっごく怪訝そうな声出されたけどね……」
 少年は電話だけでげっそりである。まるで彼一人だけオチが読めているかのようだ。
「さて、ここでイオリンの聖地を拝むわけだが……」
 言って、5の主人公が辺りを見回す。
 辺りは草の生い茂る河川敷。当然木は一本も生えておらず、草も人が隠れるにはあまりにも短すぎるものだった。
「どこに隠れればいいんだ、俺たちは」
「9の主人公め。そこまで考えてないな、チクショウ」
「川の中ぐらいしか無いんじゃないのか」
「どこの忍者だよ……」
 そもそも水中から撮る気か。

 

 結局名案も浮かばぬまま、時間だけが過ぎ――
 隠れる場も無く、維織到着である。
「あれ……今日は、みんな一緒?」
「え! みんなっ?」
 9の主人公が指摘され振り返った先には、申し訳無さそうに愛想笑いを浮かべる四人がいた。
 四人の近くによると、維織に聞こえないように耳打ちする。
「お前ら、なんで隠れてないんだ」
「仕方が無いだろ、ここには隠れる場所なんかねぇっ」
「土の中でも潜ればいいじゃないか」
「だから、どこの忍者だよっ」
「そもそも、もう見つかってるんだから隠れても無駄だ」
 8の主人公の指摘に、9の主人公が舌打ちする。
「だとしたら、作戦中止か?」
「いや、イオリンだぞ! メイドにも巫女にも女子高生にも劣らぬ逸材を無視できると思うか?」
「否、できるはずが無い!」
「維織さん、もはやカテゴリーになってるのな!」
 7の主人公のツッコミに茶々も入れず、溜息を吐く四人。
 為す術無しかと思われた矢先、6の主人公が提言した。
「こうなったら仕方が無い、単刀直入に聞いてしまえ」
「聞くってお前、まさか――」
 少年が恐る恐ると言った様子で尋ねる。まさかやりませんよね? と言ったところだ。
 だが6の主人公はその気持ちを一切汲み取らずに親指をぐっと挙げると、意気揚々と待ち呆ける維織の元へと歩いて行った。
「維織さん、つかぬ事をお尋ねするが……」
「? 何?」
 男は一度深呼吸をすると、真っ直ぐに維織の目を見つめた。
「頼む、スカート捲ってくれ」
「ストレートに逮捕だろ、それっ!」
 酷くいまさらである。
 維織は困ったように目線を外すと、赤面し俯いてしまった。
 そんな彼女の横に9の主人公は寄り添うと、ぎゅっと華奢な体を抱きしめた。
「――君……」
「維織さん……俺からも頼む、捲ってくれ」
「ムード台無しだなっ!」
 そもそもそんなものは始めから存在しない。
 だが維織は他ならぬ9の主人公の提言ということで迷いが生じたのか、困ったように眉を八の字にした。
「でも、私は……」
「大丈夫だ維織さん。絶対に悪いようにはしないから、さ」
 撮る時点で十分に悪い。
「でも――」
 維織の言葉が続く。誰一人、それを邪魔する者はいなかった。

 

「今日は何も穿いてないから、みんなの前では……無理」
 維織の爆弾発言に、その場の全員が凍りつく。
 真っ先に反応したのは、もちろんツッコミ担当であるところの7の主人公だった。
「あの、維織さん……なんでまた、そんなことを?」
「彼に、言われたから……」
 おずおずと9の主人公を指差す維織。
 そしてそれと同時に、残る三人の跳び蹴りが男の胴体に突き刺さった。
「お前は、なに一人だけイチャイチャしようと思っちゃってるんだっ!!」
「ノーパンでは聖地じゃないじゃないかっ!!」
「この変態がっ!!」
「いや、それはお前らの言えた台詞じゃないだろ……」
 ツッコミながらも止めることはしない少年はある意味鬼である。

 

 Fragment5:新緑の少女・梨子
 今度は同じミスを犯さない、ということで既に少年を除く四人は待機済みである。
 9の主人公は虫の息ながらも何とか最後の聖地を拝もうと這って来ていた。恐れるべきはその欲望である。
 時刻も既に四時を回り、夕焼けの赤が支配する世界。
 7の主人公は思い出の場所に梨子を呼び出していた。
 夕焼けか、はたまた羞恥でか顔を真っ赤に染める少年に、梨子が嬉しげな声をかける。
「で、どしたの? 突然会いたいだなんてさ」
「ん、いや……なんかその、リコと会いたかったんだ」
 まさか聖地巡礼のシメです、とは言えまい。
 曖昧な返事、だが少女は顔を綻ばせると、7の主人公の腕に抱きついた。
「り、リコ!」
「えへへ、なんか分かるよその気持ち。恋人って、突然理由も無く会いたくなるもんね」
「恥ずかしいこと平気で言うのな、お前……」
「いつもはアンタだって言うでしょ」
 もちろん今言わないのは傍で四人が隠れて見ているからだ、とは口が裂けても言えない。
 話を切り出そうとしても言葉が上手く喉を通らず、少年の心にはただ焦りばかりが募っていた。
 二人はベンチに腰掛けながら、じっと照りつける夕焼けを眺めていた。
「ね、しばらくこうしてよっか?」
「そ、そうだな……」
 ああ、どうして俺はこういうときに限って。
 ちらりと四人の隠れた場所を見ると、早くやれ、と指で合図を送る5の主人公が小さく見て取れた。
 少年は深く溜息をつくと、横に寄り添う梨子に可能な限り優しく声をかけた。
「なあ、リコ……」
「ん? なぁに?」
 犀は投げられた――
「頼む、スカート捲ってくれ」
 少年が、そう言い切った瞬間――
「この、変態バカーーーっ!!」
 少女のしなやかな健脚が、少年の体を彼方まで吹っ飛ばしていた。
 憐れ、7の主人公。最後の聖地を拝めずTKOである。

 

 少し場所を移し、四人の潜む藪の中。
 四人の男たちが涙を流しながら、感動に打ち震えていた。
「7の主人公、自己犠牲を払いながら聖地を見せてくれるとは……」
「ああ、いい蹴りだったぜ。中が見えるほどにな」
「小僧……お前の棺の中に、写真は入れとくからな」
「空き缶を使わないとは、意外だったな……」
「そりゃそうよ、アンタたちに使うためにとっといたんだからね」
「……はい?」
 ぎぎぎ、と声のした方を振り向く四人。
 そこに立っていたのは、鬼のような形相で空き缶を振り被る少女だった。
「な、リコちゃん!? どうしてここがっ」
「それよかこれは誤解だ、えっとつまりこれは――」
「そう、花見ならぬ華見、みたいなさ!」
「つまり春一番を利用した、春の風物詩であって――」
 しどろもどろになりながらご丁寧に解説する四人。
 梨子は、にっこりと一度無垢な笑みを浮かべると――
「うん、死ね」
 構えていた空き缶を、音の速さで男たちに放った。

 

 


 夕焼けの町に響きわたる四人の男の叫び声と共に、この閑話の幕を閉じる。