ほんのりまろびね

パワプロクンポケット(パワポケ)の二次創作小説(SS)をぼちぼち書いてます。

緑罵憐汰院

(初出:2007年)

 

バレンタインになんか恨みでもあったんかな、この頃。

 

 

 ここは都内の某クッキングスタジオ。その一室を、五名の緑髪女性が貸切で使っていた。
 説明するのもバカバカしいが、例の如く緑の会の皆様である。今日は二月の定例行事とも言える『ヴァレンタインデー』に向けての贈り物作成のため、わざわざ集まった次第だ。
 非常にどうでもいい話だが、日本におけるヴァレンタインデーとはそもそもチョコレートの売り上げを伸ばすための企業の戦略であったことは言うまでも無い。そんなことにすぐ乗せられるからこそ日本人は諸外国にバカにされるのだ。まったく。何が友チョコだ、バーカ。
 さて、それでは彼女らの製作風景を覗く事にしよう。と言っても、既に三名は完成しているようである。
「できたっ! 愛と愛と愛の塊、MEGUMIスペシャル!」
「私も出来ましたですっ! 名付けて『クラシック・ショコラ・アカネスペシアル』です!」
「……完成。維織スペシャル」
 何故みんなスペシャルなのか。特に意味は無いのだろう。
 この三人は、天性の才能や他云々の影響で難なくチョコレートを完成させている。が、残念ながらその趣味趣向には理解しがたいものがある。特に維織に至ってはチョコレートで自分の胸像を作るこだわりっぷりを見せているが、一体どうやって作ったのか非常に疑問である。ちなみに結構怖い。
「うん、こんなもんかな。私もかんせー!」
 次に歓喜の声をあげたのは梨子だった。最近では『緑の良識』と呼ばれるようになってきた彼女、なるほどチョコレイトも普通にハートマークである。ホワイトソースのデコレートも欠かさず、理想的な(典型的ではない)バレンタインの贈り物と言えよう。
 さて、残る一人は。
「あ、アレ? 変やな、これ。チョコレート……?」
 何故か疑問系。ボロボロである。そもそもチョコレートは既存のものを溶かし、型に詰めればまず失敗作は出来ないはずなのだが。人知を超える何かが彼女の作成過程で勃発したようである。
 チョコというよりは泥のようになっているそれを指でそっとなぞり、茜が恐る恐ると言った様子で口に運ぶ。指を咥えた瞬間、少女の顔色が急変した。頬から鼻の天辺まで赤く染まり、目は涙で潤んでいる。必死の思いでコップに水を汲むと、喉を鳴らしながら一気に飲み干す。渇きが収まったところで、ふう、と官能的な息を漏らした。
「し、死ぬかと思いました……」
「そ、それは言い過ぎや! チョコで死ぬ人間はおらへんよ」
 どれどれ、とめぐみと梨子が泥、もといチョコレートに手を伸ばす。指先に少しだけ付け、舐めた瞬間、それぞれ顔を歪めた。口直しとばかりに砂糖を舐めたのが気に食わなかったのか、詩乃は額に青筋を立てながら持っていたスプーンをぐにゃっと曲げた。恐るべし巫女パワー。
「なんていうか……劇物?」
「違うわ! 超失礼やなアンタ!」
 ビシッとツッコミが入る。さすがは関西出身。
「でも不思議です、どうしたらこんなヒド――ど、独創的な味になるんでしょう?」
「今言いなおしたやろ! ヒドイって言おうとしたやろ!?」
「まさか詩乃さん、砂糖と間違えて塩入れてましたー。みたいな話じゃ無いですよねぇ?」
「アホか梨子ちゃん。そもそも砂糖なんて使わないやないか」
「そりゃそうですけど、でも他になんかあるんじゃないんですか?」
「いくら私でも、そんなミスはし、な……」
 詩乃、顎に手を置き思考を巡らす。じっくりと、一つ一つ調理台の上にあるものを確認していく。そして、何かをひらめいたかのようにポンと手を打った。
「そか、分かったで!」
「ど、どうしてこんな劇物に?」
 そして詩乃は、爽やかな笑顔で四人の方へと振り向いた。
「うん。ココアパウダーや無くて、泥使うてたんや!」
 次の瞬間、三人は洗面所に向けて一目散に駆け出した。
 つーか本当に泥かい。

 

 

 

 

 さて、場所は変わってここはとあるモニター室。例の如く占拠しているのはご存知『世界の敵』のメンバープラス若干二名である。どうやって占拠したのか、それを聞いてはいけない。
 暗い室内の片隅では、6の主人公ががっくりと肩を落とし項垂れていた。それを励ますように、他の主人公たちが取り囲んで慰めの言葉を投げかけている。
「元気出せよ6の主人公。詩乃ちゃんだってうっかりに決まってるだろ?」
「そうだ、あの屈託の無い笑顔を見たか? あの笑顔だけでご飯三杯はいける」
「そうだぞ。どちらかと言えば巫女服にエプロンをつけてもらいたかったがな」
 今日も今日で煩悩全開である。
「でもよぉ、いくらなんでも泥とココアは間違えねぇよ……」
「確かに。ていうか詩乃さん、そもそもなんで泥なんか持ち込んでるんだろ?」
 ガッ!
 バキッ!
 ドカッ!
 的確なツッコミを入れる7の主人公に、正義の鉄槌が他の三人から飛んでくる。
「バカヤロウ! 6の主人公がさらに落ち込むようなことを言うヤツがあるか!」
「そうだ、頭を冷やせ! 罰として梨子ちゃんの着替え盗撮を命じる」
「あ、俺も焼き増しね」
 こいつらは本当に彼女を大切にしているのか時々疑いたくなるが、彼らは女の子が好きなのであって決して浮気者ではない、と信じたい。それを浮気者と言うような気もするが。
 7の主人公の冷静を極めたツッコミにより、6の主人公の影がさらに濃くなった。あたふたと、煩悩主人公陣が慌てて声をかける。
「そ、そう落ち込むな! 料理だけが彼女の全てじゃ無いだろ?」
ドジっ娘だ、ドジっ娘だと思えばいいんだ!」
「料理が下手、だったらお前が手取り足取り教えるという素敵イヴェントが待っているじゃないか!」
「そ、そうかな……俺、まだ大丈夫かな?」
 顔を上げる6の主人公に、3人が示し合わせたかのように同時にサムズアップした。これは傍から見るとかなりキモい。が、彼らにそんなことは問題ではない。
「そうだな、くよくよしてても仕方が無い! これも詩乃ちゃんの長所と捉えるんだ!」
 6の主人公、復活。伊達にポジティブシンキングを心情にしていない。
「でも、どうやってこれを長所にするんだ?」
「決まっているだろう。料理ベタなんてのは典型的な萌え要素じゃないか!?」
 ただのバカだった。
「お前らにかかると、なんでも萌え要素だよな」
 ガッ!
 バキッ!
 ドカッ!
 ボコッ!
 7の主人公がふたたび凄惨にボコられた。彼らは基本的に年下でも容赦しない。
「まったく無粋なヤツめ。全てを受け入れるという寛容な精神が分からんのか」
「よせよ5の主人公。アイツはまだ若い。話は一皮向けてからだ」
「うむ。ロマンを解するようになるにはまだ時間が必要だな」
 言いたい放題である。本当にこいつらの何処に惚れたのか緑の会に問いただしてみたい。
 そんな中で、主人公たちの輪から離れたところで佇んでいた二人のうち一人、これまたご存知我らが上川辰也がおずおずと手を上げた。
「なぁ、ちょっといいかい?」
「む、どうしたそこの緑アホ毛
「おいおい5の主人公、その言い方ではまるでアカネじゃないか。やめてくれ、あんな三下奴なんかと同じにしないでくれよ」
「ああ、悪い。じゃあ、そこのヤラレ顔。どうした?」
 辰也はこの上なくここにいる連中を片っ端から殴りつけたくなる衝動に駆られたが、ルナストーンを集めて美空に首輪を付ける様を妄想し溜飲を下げた。こいつも変態である。
「いや。俺たち、今日はなんでここに呼ばれたのかなー、と思って」
 その問いに、主人公たち(7除く)は一様に外人のようにやれやれと肩をすくめた。辰也は危うく封印していた瞬間催眠を発動しそうになったが、美空を膝の上に乗せて頭を撫でながら一日を過ごす様(要首輪)を思い浮かべ何とか堪えた。
「決まってるじゃないか、自慢だよ。じ・ま・ん」
 はっはっは、と軽快に笑う主人公たちを辰也は呆然と見続けることしかできなかった。
 ぽんぽん、と誰かが辰也の肩を叩く。勿論、彼の相棒こと曽根村である。曽根村は柔らかく微笑むと、そっと辰也に耳打ちした。
「我慢ですよ、我慢」
 辰也は曽根村に抱きついて泣いた。曽根村は涙の出ないサイボーグの肩を優しく叩きながら、泣けないなら早くどけよ、と心の中で呟いた。

 

 ――緑ダーティペア、出番終了。

 

 

「で、結局出来たチョコがこれなんやけど……」
 場所は再び調理場に戻って、いよいよ実食タイムである。恐る恐る差し出されたハートのチョコレートを、6の主人公は目線に持ってきて観察する。形、見た目、悪くない。だが、まだ分からない。冷や汗が頬を伝う。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
 意を決すると、6の主人公はできるだけ自然にチョコレートを齧った。パキ、という軽い音と、全員の唾を飲む音がやけに大きく響いた。
 何度か咀嚼した後、6の主人公は気難しそうに眉根を寄せた。詩乃の顔の不安の色が濃くなる。
「ココア、ちょっと多いんじゃない? 甘すぎだよ、詩乃ちゃん」
「っ……」
 息を呑む音。そして6の主人公は、先程よりも大きくチョコレートを頬張った。
「でも、美味しい。ありがとう、詩乃ちゃん」
「あ――」
 ぱぁっと、少女の顔が輝いてゆく。そして、目の端に涙を浮かべながら男の胸元に抱きついた。様子を見ていた周りの面々も、安堵の息をつきそれぞれの彼氏にチョコレートを渡す。

 

 台車に運ばれた維織のチョコ胸像を眺めながら、9の主人公は呆然とした様子で聞いた。
「なあ維織さん。これ、どうやって食べればいいんだ?」
「食べる……えっち」
「え? 何か言った?」
「ううん、なんでもない。貴方の為に作ったものだから、貴方の好きなように食べて欲しい」
「そうするよ。これは……やれやれ、本当に大変そうだな」
「……迷惑?」
「いいや、全然。むしろ光栄さ。ありがとう、維織さん」
「……うん」

 こうして、緑たちのバレンタインは平和な時間を刻みながら過ぎていった。

 

 

 

 

 エピローグ

 モニターに、幸せそうな五組のカップルが映し出されている。今は丁度、9の主人公が維織チョコのうなじの辺りを食べているところだ。
 辰也が悲しそうな目を湛えながら電源ボタンを押すと、その映像がシャットダウンされる。後には言い知れぬ虚無感だけが残った。
 そんな辰也の肩を、曽根村が叩く。振り向いた辰也の目の前に、市販の板チョコが差し出された。
「一杯、やりましょうか?」
 目線の高さで、おちょこを持つ仕草。辰也は胸の内が急速に満たされてゆくのを感じた。
 男二人、肩を組みながら今日も飲み屋へ――彼らの春はまだまだ遠い。

 ってこんなオチばっかだな。